雪子決戦、2

「きっと、雪子さんはその後も複数の男性に囲まれていたいのだと思います。それは個人の考えですから、私は止めません。でも、そのハーレムから英太を解放してくれませんか? 五人いれば十分じゃないですか。その子の父親が英太でない以上は、英太が縛られる理由はもうない筈です」

 英太が急に口を開く。

「その子の父親は、俺なのか? そうじゃないのか?」

「英太君はちょっと黙ってて」

 雪子の刺した釘に英太が標本のように動きを止める。雪子が続ける。

「ハーレムじゃないですよ。ユキの恋人達です。ところであなたは英太君の何なんですか? ただの友達のためにここまで戦いますか?」

 私は気を満ちさせて、堂々とする。

「戦います」

 雪子はふん、と小さく鼻を鳴らす。眉根が寄っている。

「いい友達を持ったね、英太君」

 英太は、おう、と少し照れたような声。それを聞いて雪子がやれやれと言った風に首を振る。これに関しては私も同意だ。雪子が続ける。

「それでも、英太君を離すのが嫌だと言ったら、どうします?」

「あなたと関わり続ければ、英太はいずれ辛くなります。それは明らかです」

 いつかパパと戦略の話をした。ステレオセットが家に届いて、最初の映画を一緒に観たときだ。歴史戦争もので、軍師にフォーカスした映画だった。パパは軍師の才覚を褒めてからこう言った。

「戦略を組むときに必ず考えなくてはならないのは、その勝負が『今ここ』で決しなくてはならないものなのか、『長期戦』をすべきものなのかだ」

 雪子との戦いは「今ここ」で決着をつけなくてはいけない。私は息を吸い込む。

「だから、今、別れて下さい。ゲームのルールには則っています」

 雪子は英太の手を握る。英太の目はその手に釘付けになる。雪子は甘い色を声に混ぜる。

「ゲームとかルールとかじゃないんです。ユキが英太君といたいんです」

 私の声は軍隊が行進をするような音がする。

「気持ちの問題じゃなくて、英太にとっていい未来のために、理性的に別れて下さい」

 雪子は首を振る。星屑が降り落ちそうな動きだった。

「ユキはとっても理性的ですよ。英太君には英太君じゃなきゃいけない理由があるんです」

「ペットですよね」

 雪子の動きが止まる。止まった動きをこじ開けるように視線を私の目に投げ込む。

「どうして」

「自分でそう表現していました。幼過ぎて頼る存在じゃない、って。他の五人もそれぞれに役割があるのでしょう。でも、ペットよりは上だと思います。英太が六番目の男だから、ペットだから、あなたの中では最も手放し易い、そう思います。英太を解放して、存分にペットロスして、新しいペットを手に入れて下さい」

 雪子の口角が引き攣る。

「あなたにユキの何が分かるの」

「何も分かりません。分かってはいけないと思います。私が分かるのは、英太はあなたと別れるべきだと言うことだけです」

 雪子は完全に固まる。私も動かない。雪子は地獄の門を開けるように英太を見て、その門を閉じるように私を見る。私も全力で見返す。

 睨み合いになり、どちらも譲らない。

 ずいぶん長くそうしていたが、雪子が急に息を吐いた。

「いいわ。別れてあげる。でもその理由は父親が誰かじゃないし、英太君がペットとして不要だからでもない。こんな女がくっついている男なんて気持ち悪いからだよ。ことある毎にこんな戦いを強いられるなんて、やってらんない。この皿だらけのテーブル、よっぽど作戦練ったんでしょ? ユキを排斥するための作戦を。持つべきものはいいお友達だね」

 私は言ってやりたかったが、最後は当事者が締めるべきだから、自分で言いなさい、と英太を見る。英太はそれに気付いて短く瞬きで応じて、雪子、と呼びかける。

「今までありがとう。俺、雪子と別れるよ」

 雪子は英太に唾でも吐きかけそうな顔をする。

「百パーセントその女の功績だから。……ユキは英太君といて楽しかったよ。きっと忘れない。だから、英太君もユキのこと思い出してね」

 甘い声に急になって、手をギュッと握っている。英太は戦場に似つかわしくない優しい声を出す。

「うん、きっとそうする」

「ありがとう」

 ダラダラしそうだったし、再び英太が毒牙にかかりそうだったので私が最初に立ち上がる。

「英太も立って。雪子さんをちゃんと出口まで送って」

「ユキ、駅まで送って欲しいな」

「じゃあ」

「出口までです。きっちり終わりましょう」

 ちぇ、と口を窄める雪子はだけどちゃんと立ち上がって、英太の腕に絡まらずに歩く。ドアの前に立つ雪子に英太が声をかける。

「じゃあ、さよなら」

「さよなら、英太君。……そっちの女も永久にさよなら」

 苦笑いを噛み潰しながら私も、さよなら、と言う。雪子はしっかりとした足取りでドアの向こう側に出て、そこまで英太が追っかけるから私もドアの外に一緒に立って、雪子が見えなくなるまで見送った。一度も振り返らなかった。私達は元の席に戻る。

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