六人の彼氏
「彼女が、妊娠したんだ」
彼女。
英太に彼女?
「彼女いるの!?」
大声が出た。英太はビクッと体を硬直させる。別にいても何も問題ではないのだけど、私の知らないところで、いやそれはいい、まさか英太に彼女が出来ているなんて。オタマジャクシを飲むような男の子が半分大人になって、彼女を作った。彼女を作って、妊娠させた。
妊娠。
彼女が妊娠?
「妊娠!?」
さっきよりもずっと大きな声が出た。
「ちょっと落ち着いて」
英太が両手を開いて宥めようとする。その姿に、沸騰した私の脳にブレーキがかかる。客観性が降りて来て、私が冷静になる。比較的に。英太には彼女がいて、その彼女が妊娠してそれで困って私のところに今いる。だが、何で困っているかはまだ分からない。私は呼吸を整えて、それを見ていた英太も両手を下げる。私は改めて始める。
「妊娠させたの? 英太」
英太は口を引き結ぶ。深く頷く。
「でもそれがちょっと複雑で」
「どう複雑なの?」
自分が早口になっている。それを制するように英太はいつもより少しゆっくりと喋る。
「彼女は
「六人?」
大声を出しそうになるのを理性でねじ伏せる。だが、六人の彼氏って何だ?
「俺もその六人の内の一人。で、子供の父親が誰かは雪子以外知らないんだ。だけどそれだって怪しいものだよ。どうやって分かるのか理論的に説明が出来ないから。……それで、雪子がその子供の父親になりたい人を募集してるんだ。誰も立候補がなかったら雪子が指名するらしい。まるでロシアンルーレットだよね」
右手の人差し指で英太は自分のこめかみを撃ち抜く。
提示されたことを咀嚼する。六人の彼氏と一つの妊娠。立候補と指名。不思議と胸糞は悪くない。奇妙ではあるが、あり得るものと思った。英太にちゃんとした彼女が出来た訳じゃないと安堵しようとする自分の部分を掃いて捨てる。
「雪子は英太の彼女じゃないと思う」
「じゃあ何?」
「セフレとか、遊びの関係とか」
英太は首を振る。地獄に繋がる蜘蛛の糸を巻き上げるみたいに。巻き上げ切ってから、出した声はその糸のように細かった。
「俺は雪子を好きで、雪子も俺を好きだって言うよ」
私は出そうになるため息を飲み込む。
「口でなら何とでも言えるよ。行動が、同時に他の人と六人も付き合っているって行動が、英太にも他の男達にも愛がないって証明だよ」
英太は言葉に詰まる。そこから無理矢理言葉を引っ張り出すように言う。
「ポリアモリーかもよ」
「だったらみんなで育てるとか、そう言う発想になるはずだよ。立候補を募るって、状況を遊んでいるとしか思えない。いや、ポリアモリーの可能性は否定し切れないけど、それだとしても、彼氏達に対しての誠実さが足りないと思う」
「好きだって言うよ」
英太の声は泣き声が半分混じっていた。英太としてもその「好き」を全幅で信じられないのだろう。それ切り英太は黙る。私はその英太をじっと見る。やっぱりまだ岩みたいな顔をしている。いつもに比べて小さくなっているように感じる。何とかしなくちゃいけない。私は少しだけ前のめりになる。
「それで?」
「俺はどうすればいいんだろう」
英太の声は小さくなっている。
「私にはアイデアがある。だけどその前に英太がどうしたいのかを言ってみて」
英太は頷いたら、居住まいを正す。
「俺はまだ結婚とか子供を持つとかは早いと思う。だけど、子供は俺の子供の気がする。俺の子供だったら、放置するのは可哀想だよ。別の男に育てられるのも可哀想。でも最初から父親がその人だって信じていたらそうでもないのかな。……だから立候補はしない。選ばれたらどうすればいいかが分からない」
「英太、それ」
私は指を二本立てる。
「ダブルバインドって技だよ。二つの選択肢を与えて『それしかない』と思わせる方法。そうじゃない。第三の道があるよ。それこそが私のアイデア。『父親はやらない』と一番に宣言してしまうんだ」
英太は首を傾げる。その瞳の奥まで疑問符でいっぱいになっている。
「ルールを破るの?」
「雪子が勝手に作ったルールだよ。破るんじゃない、新しいものを付加するんだ。でも一番に言わないといけない。全てのアクションの前にイレギュラーを突っ込むんだ」
英太はもっと首を傾げる。目を瞬かせて、瞼の間から疑問符を飛ばす。
「俺の子の気がする」
どうしてそうなる。私の胸の中に苛立ちが渦巻く。
「それは、多分、全員がそう思っていると思う。そうでないとあんなゲームは成立しないから。男の人にはあるんじゃないの? 『その妊娠の原因は自分なんじゃないか』コンプレックスが」
英太は口の端だけ笑う。
「確かに女は『この妊娠は確実に自分の子供』だもんね」
私は頷く。次に言う言葉を想定して、鼓動が急に跳ねる。
「それを利用されているんだよ。雪子は酷い女だと思う。……別れた方がいい」
英太は唇を噛んで、深く息を吸って、吐く。
「父親をしないのと、別れるのは別じゃないかな」
英太はその未来を懇願するような目をする。私の中の苛立ちの渦が勢いを増す。
「子供産んで、父親を選んで、それでなお、父親以外の男と付き合い続けるって、ある?」
「雪子ならあるかも知れない。でも俺は嫌だ。本当は独占したい。今はまだ平等だから耐えられるけど、一等賞が決まってからも続けるのは、ああ、考えただけで胸がムカムカする」
私は溜めに溜めた渦とため息を、ゆっくりと全部吐き出す。まるで、私の吐いた息でこのテーブルの周囲全部が染まるみたいだった。そうやって出来た空間の中に私達二人は座っていて、閉じられた中で私は声をぶつける。
「じゃあ別れなよ」
英太は逃げ場なく言葉を受ける。小さく考える。
「父親にならない、イコール、別れる、ってことか。……一等賞を狙いに行かない時点で、ダメなのかも知れない。
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