第66話 湖の散策

 カーテンを開けると、空は良く晴れていた。

 着心地のいい民族衣装は、今日も着させてもらうことになった。

 村の散策にちょうどいいのが表向きの理由で、ロウの民族衣装の姿を拝めるのは嬉しい。

 

 身支度を済ませると、待ち合わせの花の庭に向かう。

 早く到着して、一番乗りだったようだ。

 私の隣を飛んでいたリアは、嬉しそうに声を上げた。


『昨日の料理に飾られていたお花がありますね!』

 

「リアは見つけるのが早いわね。本当、綺麗ね」


 リアと花壇の鑑賞を楽しんでいると、村長の令嬢が来た。

 

 あれ? 今日の湖の散策で同行することになっていたかしら?

 

 でも、あちら側の人数が増えることには問題はないか、と頭を切り替えた。

 私は村長の令嬢に声をかける。

 

「ティエリさま。おはようございます。昨日の晩餐会は楽しい会でしたね」


「……英雄さまたちの冒険の話は楽しかったわ」


 小さな声だったけれど、初めて彼女の声を聞いて、ティエリの印象を改めた。

 引っ込み事案なのではなくて、必要なことしか話さないタイプの子なんだわ。おしゃべりな家族に囲まれているから。

 

「英雄さまなんて、堅苦しい名前で呼ばないでほしいわ。ロザリーと呼んで」


「ではロザリーさまで……」


「この衣装はティエリから借りていると聞いたわ。貸してくれてありがとうね」


「いえいえ……」


 会話に慣れていないのか、ティエリは私の言葉に返しているだけだ。

 

 彼女が緊張しているのが伝わってきて、何話せばいいか困るよー!

 けれど、二人きりで話せるなんて、他の人が来るまでだよね。と、考えて質問を続けた。

 

「今日の湖の散策はティエリさまも行くの?」


「いいえ、私は……行きません」


 じゃあ、どうして集合場所にいるんだろう?

 私の視線を感じたのか、ティエリは説明を加える。


「ロザリーさまが歩いているのが見えたので、追いかけて来たんです」


「それはどうして?」


「一つ言いたくて。……湖には近づき過ぎないでください」


「それは……」


 どうして? と聞きたかったのに、ティエリは他の人の気配を感じて、急に俯いて逃げ出してしまった。


 湖には危険な生物でもいるのだろうか。人喰いワニとか……。


 湖の鑑賞に夢中になって、上から覗き込むことはなさそうだけれど、忠告を心に留めておくことにした。



「ロザリー、おはよう。……ん? 村長の娘さんと話してたか?」


 民族衣装を着たロウが現れた。今日も尊さは健在だ。


「大したこと話してなかったけれど、すぐに行っちゃったわ」


 昨日のことは何もなかったことのようだ。

 うん。喧嘩をした訳ではないし、きっといつもの調子でいればいいんだわ。


「おはようございます! お二人とも早い! これで全員揃いましたね」


 村長とその息子が現れて、村の案内が始まった。


「村長自ら案内してもらえるとは、光栄だ」

「いえいえ! 大魔法使いさまに村の紹介をできるとは、こちらも光栄です」


 そんな風に話しながら、村長とロウは先を歩く。その後ろに私と村長の息子が続いた。


 ブドウの畑も見せてもらった。ワインの出荷が盛んで、王都の限られた酒屋に卸しているとか、手織りの絨毯で有名だとか。村長の村自慢が続く。


「……ロザリーさま」


 そうなのねーと聞き流していたら、横から話しかけられているのに気づくのが遅れた。


「え?」


「ロザリーさまは、ロウさまとご夫婦なんですか?」


 その質問を今ぶっ込んでくる⁉︎

 ネアちゃんを倒したときに、思いは確かに通じ合った。

 けれど、大事な話は聞けていない。

 今の私たちの関係はなに⁉︎


「――ロウとは夫婦ではないわ」


 自分でも驚くほど冷静な声が出た。

 私の声が聞こえたのか、前を歩いていたロウが体を向けて視線が合う。


「けれど、背中を任せられるような、信頼のできるパートナーです!」


 事実と自分の気持ちを言い切った。どうだ!

 ロウが目を見張る。

 

 心臓がやけにドクドクするけれど……!

 これで揺れ動いていた心に踏ん切りがついた。


「……まだ夫婦ではないとしたら、告白のように聞こえますね? 冒険者の男女で、背中を預けられるくらいの信頼があれば、夫婦の絆を超えていますよ」


 村長の息子がいたずらな瞳で問いかけてくる。

 そう、私とロウには信頼という絆がある! それがあればいいじゃないか!


「ウリュさま、言ってくれますね……?」


 私が適当にはぐらかすと、村長の息子の標的はロウに移る。


「ロウさま、こんなに可愛い子を放っておくと、いつか誰かに奪われちゃいますよ?」


「……ああ、わかっている」


 ロウは動じずにそう言ったけれど、私は我慢ならず言い放った。


「ウリュさま! 私たちを冷やかしたいんですか?」


「いいや。若い二人を応援したいだけだよ?」


「それが冷やかしって言う――」


 応援は必要ない。見守ってくれればいいのに。

 私が抗議しようとしたところ、これまで静観していた村長が足を止めた。


 いつの間にか、木々の生い茂る道から開いた場所に出た。

 村長が目の前に広がる湖に手を向ける。


「あれが、竜神さまの棲む湖だ」

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