第65話 夜風に当たって
楽しい晩餐会が終わると、私とロウはそれぞれの部屋へ入った。
アルコールが入ると、夜は眠りやすくなるはずだったけれど、なぜか目が冴えてベッドに入っても寝られない。明日の湖散策のことで、気が昂っているのだろうか。
葉っぱの毛布に包まって近くで寝ている妖精リアを起こさないように、ベッドからそろりと抜け出す。
部屋の窓を開けると、心地良い風が入ってきた。
丸い月が美しく、部屋からバルコニーに出ると、ほのかに冷たい夜風が気持ち良かった。
しばらくそうしていると、隣の部屋のバルコニーの扉が開いた。ロウの金髪が風に吹かれてふわりとなびく。
「眠れないのか?」
バルコニーの柵越しにロウと向かい合うと、彼は言った。
王都では寝巻き姿で男女が夜に会うことはないけれど、借りた寝巻きは屋敷内の部屋着としても通用するものだった。
「……ちょっとね。物音で起こしたかな?」
「いや、俺も風に当たりたい気分だったから、ちょうどいい」
ロウが魔道具の収納から取り出して床に置いたのは、液体を温める魔道具だった。火の魔法を使わずに安全に使えるので、野営では重宝した。
それをロウが何に使うのかと見ていれば、部屋に備え付けてあった水差しを持ってきて水を入れた。
ぐつぐつと沸騰したお湯をマグカップに注ぐ。
「眠れないときはこれだ。ただのお湯だが。風が吹いて、すぐに飲みやすい温度になるだろう」
カップを温めるためのお湯だと思ったけれど、そのまま飲むものだったらしい。
ハーブティなどの凝ったものを作らないあたりがロウらしいわね。
「ありがとう」
お礼を言いながらマグカップを受け取ると、手がじんわりと温かい。
白湯は朝の水分補給で飲むことはあったけれど、夜にわざわざ湯を沸かしてまで作ることはなかった。
「ロウは眠れないときに白湯を飲むのね」
「酒を飲んで寝る前はこれだな。妹にはホットミルクを作ってやったこともあるが、水だけの方が体にしみわたる感じがする」
ホットミルクではなく、白湯を選んでくれたのは嬉しい。少し背伸びしたかったからだ。
「いただきます」
一口飲むと、体が水分を欲していたからか、するりと喉を通り抜けた。
寝る前に一杯の白湯はありかもしれない。
ロウも彼の分を作って、飲んでいる。
――私はロウのことを何も知らないんだわ。
ロウが自分から話さないことは無理して聞こうとはしなかった。
でも、ロウが美女に囲まれても余裕があるのは嫌だ。この村は美しい女性が多すぎる。
まるで、彼が美女とお付き合いしたことがあるような錯覚をしてしまうのだ。
……私の前に、ロウの隣にいたのはどんな人?
一番聞きたいことだった。
近くにいるから、手が届くと思った。それが悪かった。
「今まで、どんな女性を好きになったことがあるの?」
聞いてはいけないのを分かっていたのに、つい聞いてしまった。
――いけない。
気づくのが遅かった。どんな返事があっても、きっと傷つく。
ロウが私を見つめて、彼のエメラルド色の瞳が揺れる。
「……それは、話せない」
返ってきたのは、ロウからの拒絶。
聞かなければ良かった。見て見ぬふりをして蓋をしておけば良かった。
お酒が入ったから、口も軽くなってしまったのだろうか。
握り締めたマグカップは、驚くほど冷たくなっていた。
「そんなこと言われたら余計に気になっちゃう……のは冗談。聞いて悪かったわ」
ハハハと笑って、努めて明るく言った。
「白湯、ありがとうね」
早くその場から逃げてしまいたくて、部屋の中へ戻ろうとする。
すると、私の背中に「待ってくれ」と焦った様子のロウから声かけられた。
「なに?」
「まだ、気持ちの整理がついていないが……いつかロザリーには話す」
ロウと視線が絡み合った。覚悟を決めた瞳。
焦らずとも、いつか話してくれるなら、それでいいと思ったのだ。
「わかったわ。……また明日。おやすみ」
「おやすみ」
ロウの声を聞くと、私はドアを開けてベッドに戻り、眠りについた。
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