第64話 晩餐会

 スイリュ村の村長宅での晩餐会。

 その会に出席するに当たって、村長の息子から「村の衣装を着てみませんか?」と提案された。


 村の衣装は、東方の民族衣装に近いイメージだ。女性の衣装は、首周りは合わせ襟のシャツで、胸下からくるぶしにかけてプリーツスカートをはいていた。

 

 冒険中は、黒いタートルネックのシャツに黒いキュロットを履いて茶色いローブを肩に羽織る。動きやすい服が多くなって、服装には無頓着になっていた。ロウとの二人旅だから清潔感だけは気にしていたけどね。


 村長の息子の提案には、「光栄です」と言って引き受けた。村の正式な衣装を着て晩餐会に臨めるのは光栄で、何よりも可愛い衣装が着られるのは嬉しい。


 だって、こんな機会がなければ美しい民族衣装を着られないもの!

 

 身支度は屋敷の使用人に手伝ってもらった。

 鏡を見れば、ピンクの頭に黒いカチューシャを付けた女の子が映る。


 ……なかなか似合っているじゃない!


 おしゃれに全く構わなかった私が、可愛い衣装を身につけることで胸が高まるとは、新たな自分の発見だ。


 金糸の刺繍を施された水色のシャツに濃い青色のプリーツスカートで、私の髪色に合わせた色合いを選んでくれた。


 後ろ姿も鏡で見たくなって、くるりと回ると、プリーツスカートもふわりと広がる。

 と、入室してきたロウと目が合った。


「民族衣装も着こなしているな。さすがロザリーだ」


 そう言うロウも、銀糸の刺繍の美しい紺色の上着に黒いズボンの民族衣装を着ていた。

 身長の高いロウが着れば、どんな衣装でも様になると思うけれど……着こなしているのは、私でなくてロウの方だよ。


「ロウもよく似合っているわ」

「普段、こんな服を着ないからな。お互いに新鮮だな」

「そうね」


 ああ……もう、新鮮すぎます。拝みたいくらい。


 民族衣装を提案してくれた村長の息子に感謝したくなった。

 私の目の保養のために、民族衣装を巡る旅を計画をしたいくらいだわ……。


 ロウが腕を出してきたので、私は手を掛けた。

 そのまま晩餐会の部屋へ向かう。


 歩きやすい服装なので、もっと早く歩こうと思えばできるけれど、ロウは私の歩幅に合わせてくれた。

 流れるようにエスコートができるなんて、さすがロウよね。

 使用人に案内されて、晩餐室へ入る。

 

「ロウさま、ロザリーさま、晩餐会へようこそ。お二人とも、この村の衣装がよく似合っていますね」


 すると村長が立って出迎えてくれた。村長の横には、村長の奥さまとその息子、さらに娘もいた。全員揃うとキラキラ華やかで、美形一家だと分かる。


「素敵な衣装を用意してくださって感謝する」

「私からも感謝いたします」


 ロウの民族衣装を見られただけで眼福よ。あれ? これって、ウサ耳を私に付けたいロウの心理と一緒? ……いいえ、それは断じて違うわ!


 私たちがお礼を言うと、村長は「小さな村の晩餐会ですから、畏まらないでいいんですよ」と言ってくれた。


「私の家族を紹介しよう。妻のサーシャと息子のウリュ、そして娘のティエリだ」


「冒険者さまたちと、こうして食事をできて光栄です。自然豊かな村なので、楽しまれてくださいね」


 サーシャがそう言うと、目元に微笑を浮かばせた。やはり、美人が笑うと華がある。


 娘のティエリは引っ込み思案なのか、視線は床に向けられていて視線が合わない。ま、急に他人と一緒に食事をしようって言われたら嫌な人もいるわよね。


 私とロウが長テーブルに案内されて腰を下ろすと、村長一家も席に座った。


「お二人は、ワインはどうですか。この村で収穫されたブドウからできたワインです」


 村長からワインを勧められると、酒豪のロウは嬉しそうに受け取って、私はブドウジュースを貰うことにした。明日を万全に過ごしたいから、今日は飲まずにセーブするわ。


「まろやかで美味しいな」

「お口に合って良かったです」


 ロウがワインに舌鼓を打っていると、前菜が運ばれてきた。

 前菜はペチュニアの花が散らされたサラダだった。花のピンク色が緑のサラダによく映えている。


『お花だ~! いいにおい!』


 気配を消していた妖精リアがひょこっと顔を出した。

 花の妖精のリアは、食卓に花があることが嬉しいようだ。


「この村では、料理に花やハーブを使うんです。もちろんサラダの花は飾りではなくて食べられますよ」


 料理を目の前にして驚いた私に、サーシャが説明してくれた。


 食べてみてもいい? とリアに視線を送ると、こくんと頷いてくれた。


「食べられる花なんですね。挑戦してみます」

「苦手なら、無理に食べなくて大丈夫よ」

 

 普段は食べない花を口に入れるのは勇気が必要だったけれど、いざ食べてみると花の香りが鼻に抜けて爽やかで、少し酸味はあったけれど完食できた。


 次に出てきたシチューにもハーブが添えられていて、香りが楽しめた。


 話し上手な村長夫妻と、その両親の会話の相槌をすかさず打つ息子の図だった。娘のティエリは会話に参加せず、黙々と食べている。


 話の話題は、ロウが過去に別のパーティで冒険をしたことになって……。


「仲間と共に魔獣を倒したということは……」


 村長が期待に満ちた目でロウを見つめた。

 魔獣を倒して国を救うのは、勇者パーティの一員だということだ。


「隠していたわけではないが、元・大魔法使いだ」


 ロウは「元」を強調して言った。

 その肩書きだけでも凄すぎるからね! 今でも熱烈なファンがいるくらいだし! 私もその一人だから!


「あああああ! 話を聞いていたらそうだと思ったんです。大魔法使いさまでしたか! もしかして、隣の方は……」


 村長が大きな声を上げて、今度はさらに輝きを増した目で私を見る。


「私はただの冒険者のロザリー。だけど、この前ロウと一緒に魔獣を倒したら、英雄と言われるようになったわ」


「やはり英雄さまでしたか! 有名なお二人に、この辺境な村までお越しいただいて感謝しかありません。……特別なワインが倉庫にあったはず。持ってきてくれ」


 指示を受けた使用人が慌ただしくワインを取りに行き、全員に芳醇なワインを振る舞ってもらった。


 明日に備えて今日は飲まないと決めていた私だけど、村長の厚意を受けることと、特別なワインに興味があってもらうことにした。この一杯だけだし、ずるずる飲まなければ問題ない。

 

「この出会いに感謝して、乾杯!」

「乾杯!」

 

 一口飲むと、体が喜んでいるとわかるような美味しさが脳内を駆けていった。

 特別なワインの名にふさわしいワインだ。

 

「美味しい……」

「自慢の村のワインを喜んでもらえて嬉しいです」


 私の思わず言った呟きをすくい上げて、村長がニコリと笑った。

 

 話し上手な村長夫妻との時間はあっという間に過ぎていくけれど、ロウはすかさず明日の湖散策で、水中に魔道具を仕掛けさせてもらう許可をもらった。

 

 水中の生物で具合の悪い個体がいると知らせてくれるとロウが説明すると、村長は「村全体にも取り付けられれば、さらに便利だな」とユーモアを交えて賛同してくれた。

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