第61話 霧の向こうの村
『山を越えると、下り道で霧が出てくる。そのまま下って、霧が晴れる頃には竜の村に着いているはずだ』
酒場で竜の村への行き方を聞いたら、そう教えてもらった。なぜか霧はいつも発生するそうだ。
『あの山に登ることもあるけど、霧を見るとすぐに引き返すよ。小さな山でも遭難の危険があるから油断できない』
そう、用心するように忠告を受けた。
私は眠りから覚めると、パチパチと瞬きして、寝袋から起き出す。
いい匂いがする。
すでにロウが身支度を整えて、朝食を作ってくれていた。
辺りはまだ真っ暗で、自分たちのいるところだけがロウの照明の魔道具に照らされている。
「おはよう。ロウが早起きでビックリ」
「冒険が始まる朝は、目が冴えるんだよな。卵とベーコンとパンの簡単な料理だが、もうすぐできる。支度をして待っていてくれ」
「ありがとう」
木の影で身支度を済ませると、朝ごはんができていた。
「できたところだ。食べようか」
「いただきます」
朝が早すぎると食欲は出ないものだけれど、美味しそうな匂いに刺激されてお腹が空いてきた。
朝食を済ませた私とロウは、早朝から山道を登り始めた。一時間ほどで山頂に到達できるような、小さな山だ。
ロウの後ろを歩いていき、山頂に到着すると朝日が降り注いできた。
「何も見えないわね」
山から見下ろせば竜の村が一望できそうなのに、村があるであろうところは白い霧に包まれていた。
村人の言っていた霧だ。
「……そうだな。かすかに竜の魔術を感じる」
「竜の魔術だって分かるのね」
私は感心して言った。
さすが大魔法使いさまだ。魔術の気配はするけれど、竜のものだとは分からなかった。それで、くだけた口調は引っ込めて、丁寧な話し方になってしまう。
「慣れればロザリーも分かるようになる。さあ、行くぞ」
「はい」
ロウは、特別なことではない、と言うように頭を軽く振った。
山頂からの下り道は石ころが多く、足場が一気に悪くなってきた。通行人が少ないからだろう。
しばらく歩いていくと、開けた場所に出る。
その先は、霧に包まれて、数歩先くらいしか見られなくなった。
「見えないところに、転移魔法の陣が仕掛けられていることもある。離れ離れにならないように、手を繋ごうか」
「ええっ? まあ、いいけど……」
ロウから手を差し出されて、大したことではないと考え、私は手を乗せる。すると大きな手に軽く握られた。
「ロザリーの手はちょっと温かいな。まだ眠いのか?」
なぜか胸がザワリとして、ムキになって言い返す。
「そう言うロウの手は冷たいのよ!」
「冷たくて悪かったな」
ぶっきらぼうにロウが言う。そして、フッと思い出し笑いをして、口を開けた。
「昔の村の祭りで、妹とはぐれないように、手を繋いだことを思い出した」
あ、子ども扱いされたのが嫌だったんだわ――。
そう思われるのは年下だから仕方ないけれど、せめて冒険者としては対等でいたい。
「妹がいるのね。私も弟がいるから、頼られる気持ちは分からなくもないわ」
「ロザリーも下に兄弟がいたのか。俺の妹は年が離れていて、八つ下の十四歳だ」
私よりも二歳年下の妹がいたんだ。ロウとは、たわいもない世間話はよくするのに、自分たちの話はあまりしたことがなかった。
「妹さんはどんな子なの?」
話を振ると、少しの間があってロウは話し始めた。
「俺の妹は……大魔法使いの妹だって、周囲から期待されすぎて、内気な子になった。人見知りもあり、あいつはなかなか人に心を開かない。俺の目から見れば、魔法の才能があると思うが、将来は婿を取って親の農業を継ぎたいと言っている。……俺が実家に帰ると嬉しいのか、俺にベッタリだな」
「もったいないわね。ロウの目から見ても才能があるって、かなりの腕前じゃあ……」
きっと分野さえ間違えなければ、功績を残すことも可能だろう。人と接するのが苦手だったら、魔法の研究者を目指す道もある。
「いくら才能があっても、本人の気持ちがな……。周りがどう言おうと、あいつの人生はあいつが決めるから」
ロウは「ロザリーは弟はどうだ?」と私に話を振ってきた。
「二歳下だから、ロウの妹と同じ年ね。従順な部下がいるみたいよ。上に鬼畜な兄がいるんだけど、下は可愛いわね」
「それは、ロザリーが怖いとかでは……」
「何か言った?」
「いや、なんでもない」
ロウのぼやきは聞かないふりをした。
と、急に視界が開けてくる。
もしかして、竜の村に到着したのかな。
「これは――――」
ロウは驚いた声を上げて、目を見開いた。
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