第62話 村長の家へ

「これはこれは、麗しいご婦人」

 

 ロウは道を歩く老婆を見つけると、流れるように言葉を紡いだ。さすが、冒険慣れしていて、社交術に長けている。人たらしというのか……。

 

 老婆は足を止めて、私たちを見た。その老婆は年相応に顔に皺が刻まれているが、昔は美しかっただろうと誰もが認めるような面影があった。ロウの言う、麗しいご婦人に違いない。

 

「お前さんたち、冒険者か」

 

「ここは竜の村――スイリュ村で間違いないだろうか?」


「そうだよ。スイリュ村だ。村長の家が村の中心にあるから、まずはそこへ挨拶に行くといい」


「ありがとう。教えてくれて感謝する」


 昼頃で、それなりの交通量があって村人たちと行き交い、冒険者が珍しいようで注目を浴びる。出会った老若男女に共通するのは色素の薄い白銀の髪に、美しい顔ということだった。


 竜の村ではなく、美男美女の村ではなかろうか。


「あっ、冒険者さまだ!」

「ほんとだぁ! キャー! 冒険者さまー!」


 あっという間に年頃の美しい娘たちに囲まれて、圧倒されている様子のロウ。


 私はロウの隣にいたけれど、村娘たちの勢いに弾き飛ばされた。私の姿は彼女たちの目には入っていないようだ。なれ? こんな状況にどこか見覚えが……。


「ちょっと! 私たちは村長さまのところへ挨拶しに行くところなの。邪魔しないでもらえる?」


 追い払おうと強い口調で言ったら、「こんな女がいたの?」という視線を浴びる。


 ずっと隣にいましたよ! と主張するように、ギロリと睨みを効かせたら、村娘たちはそそくさと去っていった。

 ふう。油断も隙もあったもんじゃないわ。無自覚なモテ男なんだから!


 ちなみにロウの見た目は、冒険者仕様でそれなりに整えられている。目にかかりそうな前髪は横に流しているし、ボサボサ頭ではなく櫛でとかれている。せめて魔道具屋の、だれーんとした姿だったら、村娘たちをときめかせることはなかっただろうに。


「対応に困っていたから助かった。ありがとう」


 ロウから手で頭をポンとされる。肩でなく頭だったのは、ロウの高身長からは手に届くちょうど良い高さだったと思われる。それだけで、私のハートは大きく揺さぶられた。

 

「そ、それくらいのこと、造作も無いわ! でも、私がいない時に誰かに絡まれても、相手を不快にさせないように離れる術を身につけてほしいわ」


 あっ、照れ隠しに余計な一言を言ってしまったわ! そんなこと言うつもりはなかったのに!


 しかし、私の適当なアドバイスに、ロウは納得したようで「……そうだな」と言っている。

 いいえ、大魔法使いさまのためだったら、どんな虫でも喜んで払いに行くわ! ……あ、それは、言い過ぎかな。


 

 村長の家は村の中心にあって、立派な門と塀に囲まれていたことからすぐに分かった。


 門から中を覗くと、二階建ての邸宅、そこから独立して馬舎があった。王都でいう、中流貴族の別荘のようだ。辺境の村にしては、かなり裕福に見える。


「門番はいないようだな。呼び鈴もない……とすれば、大声で叫ぶしかないのだろうか。いや、屋敷の中まで声が届くのか、疑問だ」


 ロウはブツブツと話しながら頭を捻る。

 村人が村長の家に用事があるときはどうしているのだろうか。まさか、門は村人自身が開けて、邸宅の扉を叩いて村長を呼びつけるとか……?


「冒険者さまたちですね。すぐに門を開けるのでお待ちください」


 馬舎の方から白銀の髪の青年が早足で歩いてくる。後ろで一つ結びされた髪の毛が馬の尻尾のように揺れて、その青年が門に到着すると、門を押して開けてくれた。


「村人たちから冒険者さまがこちらに来るとは聞いていましたが、馬を見ていたら時間が早く過ぎてし舞いました。お待たせしてすみません」


 パッと顔を上げた青年の顔を見ると、彼の紫色の瞳が目に入った。端正な顔の美青年がそこにいた。


 マグナルツォ王国の四人の王子たちや、大魔法使いさまバージョンのロウでイケメンは見慣れていると言ってもおかしくないけれど、この青年は線が細いわけでも無いのに、消えそうな繊細さのある儚い美青年だった。

 ロウは青年に向かって軽く会釈する。


「俺たちこそ、急な訪問ですみません」


「村長のところへご案内しますね。どうぞこちらへ」


 青年の後ろを歩いて邸宅へ入ると、使用人とすれ違い、会釈をされる。客である私たちだけでなく、青年にも。この青年、もしかして……。

 青年は屋敷の奥のドアの前で立ち止まって二回ほどノックした。

 

「父上! 冒険者さまたちを連れて来ました!」

「入れてくれ」

「分かりました。……どうぞ、中へ入ってください」


 ドアを開けると、そこには壮年の美形おじさんが待っていた。この父があってこそ、この息子あり。青年は明らかに村長の血を引いていた。将来はこんな風に年を重ねるだろうなと分かる美貌だ。


「スイリュ村まで、ようこそお越しくださいました。歓迎します」


「突然の訪問にもかかわらず、対応していただき感謝する。ところで、村の名前のスイリュ村は、湖に棲むという水竜から来ているのだろうか?」


 ロウは村長へすぐに質問を返した。


「ずっと昔からの村の名前なので、私にも事実は分かりませんが、湖に竜が棲むというのは本当です」

 

 立ち話もなんですから、とローテーブルに案内された。

 ロウと私の対面に村長と村長の息子が腰を下ろしたところで、ロウが口を開いた。


「俺たちがスイリュ村へ来たのは、竜に会いたいからだ。刺激しないように、遠くから見るだけでもいい。それは可能だろうか?」


 ……ロウは本当に交渉慣れしているよね。

 大魔法使いさまとして各地を旅した経験を発揮されているわ。

 そう感心していると、村長は返事に戸惑っているようだった。


「……難しいでしょう。長年この地に住んでいる、私でさえ見たことがありません。……言い伝えによれば、湖に棲む亀を助けた場合は、湖の主である竜神から竜の宮へ恩返しとして招待されるらしいですが」


 ロウとチラリと目が合った。

 回復魔法は私の特技とするところだ。怪我をした亀の治療は、目をつぶってもできる。


 けれど、怪我をした湖の生き物に出くわすだろうか。さらに、あくまでも伝説であって、恩返しされるか分からない。


 ロウの魔道具に期待、かな?

  


「もう日が暮れてきましたから、明日にでも湖を案内しましょう。この屋敷にいくつか空いている部屋があるので、滞在中は使ってください」


「ありがとうございます」


 宿を提供してもらえるのはありがたいと、村長の厚意に甘えることにした。

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