第60話 野営


 酒場は麦酒を一杯飲んで、情報は得られたから長居は無用と、場所を変えることになった。宿屋でゆっくりご飯を食べた方が気楽だとなったのだ。

 

 そうして、宿屋に向けて、薄暗くなってきた道を並んで歩く。

 たわいのないことを話しているうちに、小さな村に一つしかない宿に到着した。


「申し訳ございませんが、一部屋しか空いていません。どうしますか?」

 

 受付に二部屋でとお願いしたところ、繁盛していたようで残っていたのは最後の一部屋だったようだ。


 酒場に行くより前に、宿の部屋を確保しておけばよかったと後悔する。


「ロウ、どうする?」

「俺が魔道具の寝袋を使うから、ロザリーがベッド使えば問題ないだろう」

 

 問題ない? いいえ、大アリよ! 憧れの大魔法使いさまが寝袋を使ってるのに、私だけがベッドで悠々と寝るなんてできないわ!

 

「私が寝袋使うから、ロウがベッド使ってください!」

「いや、それは逆だろう。俺が寝袋に……」

「逆とか関係ないわ!」

「お客さま……」

 

 受付の女性に飽きられてしまった。

 結局のところ、宿に泊まるのはやめた。

 村のはずれで野営をして、二人それぞれの寝袋を使うことで話が落ち着いたのだ。

 ロウから「二人用の寝袋もあるぞ」と冗談を言われたけれど、それは問答無用で却下した。


 裏は木が生い茂る山で、葉の揺れる音や虫の声が聞こえてどこか懐かしい。

 酒場で食べ損ねた夕食を簡単に済ませると、二人で温かいコーヒーを飲みながら束の間の休息をとる。


「竜の村はどうする? 今なら目的地を変更できるぞ」


 ロウは私に確認してきた。竜の村の選択肢は残して、私に選んでほしいようだ。

 私の心は決まっていた。


「噂話を鵜呑みにするわけにはいかないわ。野蛮な村というのは、行かない理由にならない。自分の目で見てみたいの」

 

「……そうだな。野蛮は理由にならないな。……だが、命の危険が迫っていたら、遠慮なく転移の魔道具を使わせてもらう。ロザリーの竜に会うという希望は叶わない可能性もある。それでもいいのなら」


 ロウの瞳からはそこは譲れないという強い意志を感じ、その妥協案をのんだ。

 

「わかったわ。ロウの判断で転移の魔道具を使っていいし、最終的に竜に会えなくても、それはそれで諦めるわ」

 

「じゃあ、それで決定だ。竜の村へ行こう」

 

「……もっと反対されるのかと思ったわ」

 

「反対したところで、好奇心は止められないだろう。ま、俺もそうだが」

 

「――こんな私に付き合って旅をしてくれてありがとう」

 

 私の言葉を聞いたロウは、フッと微笑んだ。

 照明代わりの魔道具のライトに照らされて、ロウの頬の影が揺れた。

 

「どういたしまして、ロザリー。君の側にいると本当に飽きないな」


「私もロウの側だと飽きないわよ」


 私も負けじと言い返すと、ロウは苦笑して「それは光栄だな」と言った。

 もうコーヒーは冷えていた。


「明日は早い。寝ようか」

「そうね」

 

 カップを片付けると、ロウが魔道具の格納庫から出した寝袋を広げてくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ゴソゴソと寝袋に入ると、背中は柔らかく反発して、腰も支えてくれる。

 頭のクッションも程よく、高級枕のようだ。


 宿場のベッドよりも遥に良い。下手したら、王宮のベッドよりもこっちの方が良いと言う人もいそうだ。

 

「あったかい。意外に寝心地がいいわね」


「当然だろう。俺の選りすぐりの魔道具だからな」


「勇者パーティだった時に使いたかったぐらいよ。野宿が多かったから。そうね、きっと少しくらい高くても売れるわよ。冒険者に需要があるわ。販路さえ決まっていれば」


「販路は確かにないな。出会った冒険者に売りつけるか、俺に会えたらラッキーな感じになっているからな」

 

 趣味の延長線にあるような魔道具屋だ。商売っ気がないのは非常にもったいない。

 ロウは機会があれば商売も大事にしたい考えだったが、今は私と冒険するのを楽しみたいようだ。

 魔獣との大きな戦いが終わり、久々に与えられた休暇のようなものだ。私も気楽な二人旅を楽しみたい。

 

「明日は竜の村だな」

「そうね。覚悟して行かなきゃ」


 真上には夜空が広がり、勇者パーティ時代に見た、輝く星々が見える。懐かしい記憶だ。

 寝袋がもぞりと動いて、ロウが顔だけこちらを向けたのが分かった。私も顔を横に向けて視線がぶつかる。

 

「そうだな。おやすみ」

「おやすみ」

 

 目を閉じると、疲れが溜まっていたのか早々に意識を手放した。

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