第40話 きっかけはソニアからの手紙

※鬱展開あり。苦手な方はこのページを読み飛ばし推奨します。


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 家の玄関のドアが強く叩かれた。夕ご飯を食べ終わってリラックスしていたところ、急に現実に引き戻される。

 

「ロザリーはいるか!」

「はい、私がロザリーですが……」

 

 ドアを開けるとそこに現れたのは、王国の騎士団だった。普段の接点はあまりない。何の要件かと不思議に思っていると……。

 

「王国騎士団だ。捜査状が出ているため、家宅捜査にきせてもらう!」

「え? えー!」

 

 犬を連れた騎士と、それに続いて二人の騎士が私を押しのけて入ってきた。

 どんな捜査状なのか聞く間もなく、犬と騎士たちが勝手にリビングまで入ってくる。

 

「ワンワン!」

 

 犬がキッチンの上部に向かって吠えた。

 調味料のビンの入っている棚だ。もちろん何も怪しいものは入っていない。

 

「この上を捜索しろ!」

「はっ!」

 

 騎士たちは断りもなく私の椅子を使い、調味料を床に並べていった。

 

「ワンワン!」

 

 犬は臭いを嗅いで、白い粉末の入っているビンを足で指し示した。

 

「それは、ただの砂糖のビンよ!」


 私は叫ぶ。

 昨日もおやつ作りに使っていた。何も怪しいものではない。

 私の声は無視されて、騎士はビンを開ける。

 すると、騎士は眉をひそめた。

 

「この臭いは……毒で間違いない」

 

 砂糖の甘いにおいではなく、卵が腐ったような異臭が漂う。毒の専門家でなくても、嗅いだだけで危険なものだとわかった。

 

「ロザリー! 毒の所持と殺人未遂の罪で逮捕する!」

 

 そのまま手首に縄をかけられそうになった。

 

「待って! 急に何ですか? 話がよくわからないんですけど!」

 

 手をひっこめて説明を求めると、騎士は深く眉をひそめた。

 

「白を切るつもりか? 元聖女のソニアに毒を送り暗殺しようとした罪に決まっている! この毒が証拠だ! 彼女に送った毒とまったく同じものだ! さらに罪状が書かれた紙ここにある!」

 

 一枚の文書を突きつけられる。その下部に押された金色の印を見るに、確かに王宮から発行されたものに間違いなかった。

 

『罪状、元聖女のソニアに毒を送り暗殺しようとした罪』

 

 騎士が先ほど話したことがそっくり書いてあった。

 ちなみに理由なく毒薬を所持しているだけでも死刑となる。それほど毒に関する取り締まりは厳しい。


 毒を送ったこともなければ、暗殺を考えたこともない。だってそんなことしても、ソロ冒険者になろうとしている私に何もメリットがないでしょ?

 

 でも、メリットの話をしたところで、騎士の人たちは納得してくれないだろう。それならば事実を話して訴えるしかない。

 

「何かの間違いです。これは砂糖のビンで、昨日まで料理に使っていました。そのときは異臭を感じませんでした。まったく身に覚えがありません!」

「変に理由を付けるとはさらに怪しい。国の決定に背くとは、反逆罪で捕まえるぞ! お前ら、いいから連れて行け!」

「はっ!」

 

 私の抗議は聞き入れられず、強制的に連行されてしまった。


 誰かが砂糖のビンを毒にすり替えた?

 ここにいる騎士団をずっと見ていたけど、そんな怪しい素振りはなかった。

 

 他にそんなことをできるのは……と思い浮かんだのは、魅惑魔法などの珍術を使うソニアだった。あの子なら、物質のすり替える術を隠し持っていてもおかしくはない。

 

 ――私、もしかして、あの子に嵌められた!?

 

 そう思い当たったのには理由があった。その出来事は数日前に遡る。

 

 ソニアから手紙が届いた。彼女からの手紙も珍しい。気になって放置するわけにもいかず、その日のうちに封筒を開封した。

 手紙にはこのように書かれていた。

 

『親愛なるロザリーさま。お元気でいらっしゃいますか?


 私は毎日三時半に起床し、神に平和の祈りを捧げる日々です。このアデンブル修道院は一年を通して寒い気候のため、毎日凍えて過ごしております。暖房は薪がもったいないという理由で満足に使わせてもらえません。


 部屋の冷えからか、体調を崩してしまいました。そのせいで魔法は使えなくなり、手はあかぎれし、体調不良が一向に治りません。』

 

 そこまで読んで、二つ折りの手紙をパタンと閉じた。


 ああ。読まなければ良かった。自分の残状を訴えたいだけなのだろうか。私に言われても……って感じだけれど。修道院に送られても、人間の根本のところは何も変わらないのだ。

 

「でも、体調不良で魔法が使えないのは可哀想よね……」

「ご主人さま。この手紙には負の感情が染み込んでいます。無理をして読まない方がよろしいのではないでしょうか」

 

 同情して呟いた私に、妖精リアが助言してくれた。

 体調不良のまま手紙を書いたから、負の感情がそこに乗り移ったのだろう。

 

 ざっと最後まで読んだところ、要は具合が悪いため、思うように聖女の回復魔法が使えないのだ。それはさすがに可哀想だろう。せめての情けで、聖女の加護付きのハンドクリームを送ることに。それが悪かったのだ。

 

 小包を送ろうとするのを、リアは止めてくれた。

 

「あの聖女にお慈悲をかける必要はないです! 過去にされた仕打ちを思い出してください!」


 仕打ちの数々。勇者パーティを追放されたこと(ま、抜けたかったから、良いきっかけになったけど)、ソニアが魔獣を解放した罪をなすり付けてきたこと……。

 

 自分勝手にも程があるわ!

 

 でも、苦しんでいると聞いては、何もせずにはいられない。物の一つでも送れば、自分の心が収まるのだ。

 

「過去はどうであれ、ハンドクリームを送るだけよ。直接的な手助けをする訳じゃないわ」


 ハンドクリームを送ってそれで終わるはずが、こんなことになってしまうなんて!


 怒りというよりは、むしろ恩を仇で返されたやるせなさでいっぱいになった。

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