第31話 指名手配された女剣士、見つかる
「まったく……。嵐のように来て、かき乱して帰ったな」
「そうね……」
変な肩の力が抜けた。フィアルに会えたことで、新事実がわかったから良かったけれど。
とりあえず、机に残ったお酒を一口飲む。
「ロウ、大魔法使いさまにネイヴァが犯人じゃないってこと伝えるんでしょ?」
「……もちろんそうするが」
「大魔法使いさまが動かれているんだもの。私が出しゃばる必要はないわ」
私は悟ったように言う。
アーサーは憎い。仲間だったはずのネイヴァを捨て駒にする精神も許せない。でも、大魔法使いさまに任せればきっとこの騒動は収まるはずだ。
「この酒場へ来る途中に、ネイヴァの指名手配のポスターを見かけたが……きっと外には出られないだろう。可哀想すぎるな」
ロウがポロリと言った。
街頭には至る所にネイヴァの姿絵が貼ってあった。通行人のおばさんたちが「まともそうな顔をして反逆者なんて、人を信じられなくなるわぁ」とヒソヒソと噂話をしていた。国家の敵として庶民にも顔が割れてしまっている。今頃はどこにも出歩けないだろう。
「可哀想だけど、大魔法使いさまが奔走してくれるわ。吉報を待ってましょ!」
「……大魔法使いとはいえ、潜伏している保護猫を保護できるほど万能ではないんだが……」
努めて明るく言ったのに、ロウは浮かない顔をした。
酒場にはそれほど長くいなかったけれど、酔いも覚めてしまい、飲み直す気分でもなくなったことからこの場はお開きになった。
ちなみに「今日だけはお祝いだ」と言われて転移の魔道具をタダで使わせてもらった。自分の魔法を使って帰れると主張したけれど、酒が入っているからちゃんと発動するか心配だと言われて……。
翌日の昼間。
買い物にでも出かけようと家を出ると、今まで気配を消していた妖精のリアが、私の目の前を飛んできた。
「ご主人さま、草陰に人がいます!」
リアが指をさすところには、息を押し殺した人の気配がある。
「殺気はないようですが……」
どうしましょうか、と視線が送られてきた。
草陰には白いフードを被った人が隠れているのが見える。
嫌な予感がする。
フードからは赤い毛が出ていた。頬の横で綺麗に切り揃えられた燃え盛るような赤毛は。
その人は周囲に私以外の人がいないか窺う素振りをして、他に誰もいないことを知ると――私の前に飛び出てきた。
「ロザリー助けてくれ!」
うわぁ、やっぱり! 嫌な予感が的中!
指名手配されている女剣士のネイヴァその人だった。
でも、騎士団に見つかると下手したら手酷い扱いを受けるかも知れない。一旦家に匿って、それから大魔法使いさまを呼ぼう。それでいい。
私は口元に人差し指を当てる。
「静かに。大体の事情は知っているから、私の家まで行きましょう」
……私の出る幕はないだろうと、静かに成り行きを見守っていようと決めたのに、どうしてこうなった?
ネイヴァは驚きに目を見開いた後、「わかった……」と頷く。
そして転移魔法を使って、家に戻った。
「ほんとにあんた……いいえ、ロザリーさまの転移魔法は便利だな」
うっかりボロの出たネイヴァに、私は少しだけギロと睨みつける。
「こんなときだけ媚を売ってくるのは、虫が良すぎると思うけどね」
「私だってロザリーに頼りたくなかった。じゃあ、どうしろと? ただ王国に捕まれってこと?」
逆ギレ気味に聞き返されて、私は「ネイヴァはわかってないな」と息を吐いた。
「最初から周りに流されるなって話。勇者パーティのときのことは許してはいないけど、今のネイヴァはあまりにも可哀想すぎるわ」
「ロザリー……!」
神さまでも崇めるような目で見てきた。まったく、調子のいい人なんだから!
「ロザリーがいなくなって初めて、ロザリーのありがたみがわかった。今さら遅いけどな。その転移魔法は特殊なんだって?」
「まあ、そうね」
私にしてみれば、なぜ他の人が転移魔法を発動した時に大きな音を立てるのかわからないけれど。空気のクッションを敷いておけば済む話じゃない。
「それに、ダンジョンの中腹まで行けるのはロザリーしかできないと、フィアルが言ってた。おかげでダンジョンには入り口から歩いていくことになるわ、フィアルが抜けてからはダンジョンから街まで歩いて帰ることになるわで、足が筋肉痛になった。ああ、フィアルも抜けたって知っているか?」
「酒場でフィアルに会って聞いたわ」
「パーティ組まない? ってあいつから誘われなかったか?」
「え……? どうしてわかったの?」
まるで私たちの会話を聞いてきたかの質問だった。
「フィアルが勇者パーティ辞める時にロザリーのことを実力者だと褒めていたからさ。あいつならそれくらいのことを言うと思っただけだ」
さすがネイヴァ。フィアルの性格のことはよくわかっていらっしゃる。
「すぐに断ってやったけどね!」
ロウとは相性が悪かったようで、二人は終始バチバチしていたのは割愛しておく。
「クククッ! そりゃあいい! あいつも地獄を味わうといいさ!」
ネイヴァは笑顔を見せた。勇者パーティにいた頃はこんな風に女同士で語り会っていたなぁ……なんてことを急に思い出した。
「フィアルのことだから上手いこと世渡りしてるんじゃない?」
「そりゃそうか」
ネイヴァは笑いを収めると、「さっき言ってた事情を知っているって?」と本題に入ってきた。
「フィアルと話をして、ネイヴァが封印を解いた犯人じゃないって結論になったの」
「そうだよ! まったくの濡れ衣で、封印を解いたのはソニアだ。おかしくなったアーサーの脳みそを直そうとして、魔獣と契約した。自業自得なのにな」
気持ちを吐き出すと、悔しげに手を握り締める。わかるよ。その気持ち。アーサーに貶められて、悔しいよね。
ネイヴァは勇者パーティ、もといアーサーの一番の被害者だ。フィアルは巧妙に逃げたけどさ。
「ネイヴァが犯人じゃないことは、私から大魔法使いさまに伝えてあるの。だから、大魔法使いさまに迎えに来てもらうまで、ここで待機しましょう」
ロウから話が行くことになっているけど、ややこしいからそこも割愛しておく。
「大魔法使いさまが動かれているんだな! ……ロザリー、何から何までありがとう。この恩は一生忘れない……」
「どういたしまして」
感謝されるのは悪い気がしないので、ありがたく受け取っておく。
「ということで、大魔法使いさまに報告してきます」
「迷惑かけて申し訳ない。よろしく頼むよ」
転移魔法を一日に何回も使うとさすがに私でも魔力が削られるけれど、今は緊急事態だ。
今日は店にいますようにと願って、転移魔法を発動させる。
閉店の看板はかかっていない。よかった!
ガチャとドアを開けて叫ぶ。
「ロウッ! いる?」
「ああ……どうした?」
私の剣幕に驚いたようで、ロウは読んでいた本を落としそうになっていた。
「ネイヴァを見つけて保護したの。大魔法使いさまに迎えに来るように伝えて!」
「そうか。……大魔法使いが到着するには時間がかかるから、俺が行く」
「え?」
「お前を一人にしておけない」
一体、どうしてロウが? と疑問が浮かぶ。けれど。
ま、多分私が危なっかしいからだよね。
そう納得した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます