第29話 接触してくる者

 声をかけてきたのは、勇者パーティで一緒だった魔法使いのフィアルだった。フードを上げると、神経質そうながら整った目鼻立ちが顕になる。


「フィアル。こんなところで会うなんて奇遇ね。……もしかして、勇者パーティのメンバーも一緒だったりする?」

「いえ、僕一人です」

「そうだったの……」


 それを聞いて安心した。気持ち良く飲んでいたので、特にアーサーとソニアには顔を合わせたくなかったのだ。


「珍しいわね、フィアルが一人で酒場なんて」

「あ……ロザリーは一人ではなかったんだな」


 フィアルは私に連れがいることに今まさに気づいたようで、「この人はどちらさまですか?」と聞かれた。


「魔道具屋さんのロウよ。口は悪いけど、腕は確かよ」

「へえ……」


 そう言いつつも、一瞬フィアルは胡散臭そうな視線をロウに送った。でも、次の瞬間には、そんなことがなかったような表情に戻った。

 口が悪いは一言余計だったかしら? でも、フィアルは魔道具屋というキーワードには反応しなかったから、そんなに興味はないみたい。魔法使いなら、魔道具屋に興味があると思ったのになぁ。


「挨拶が遅れましたが、魔法使いのフィアルです」


 フィアルは軽く頭を下げた。


「……いまさらロザリーの側にやってきて王子面か? 助けに来るのが遅ぇんだよ。それに、勇者パーティはどうした? ダンジョンの途中じゃねぇのかよ」


 敵意剥き出しで、表面上は友好的なフィアルの挨拶を退けた。勇者パーティの一員とは紹介していなかったけれど、ロウは最初から知っていたみたい。


「勇者パーティは辞めました」

「え? フィアルも勇者パーティ辞めたの?」


 信じられなかった。そつがないフィアルなら、アーサーたちとも上手くやっていけるだろうと思っていたのに。

 店員さんが一つ椅子を持ってきてくれて、私たちの横にフィアルが座った。注文を聞かれて、フィアルは「麦酒を」と言う。


「はい。本当はもっと早く勇者パーティを辞めたかったんですが、色々と手こずりました。……ところで、ロザリーは大魔法使いさまと国を救われたという話を耳にしましたが、その話は本当ですか?」


 話を巧妙にそらされた感じがするけれど、自慢話は歓迎だ。


「本当よ。大魔法使いさまと協力して、魔獣を封印したわ!」

「さすが、ロザリーですね!」


 手を叩いて褒められる。賞賛されて悪い気はしない。


「そのときのことを聞かせてくださいよ!」

「いいわよ! 記念式典が終わった後に、大魔法使いさまにプレゼントを渡そうと待っていたらね……」


 いち早く見つけた大蛇を退治しようとして、危うく王国騎士団に捕まりかけたこともユーモアを交えて語る。


「大魔法使いさまがいなかったら、王女さまに危害を与えようとした罪で幽閉されるところだったんだから!」

「そうだったんだ。僕がその場にいたら、一緒に戦っていたのになぁ」

「それは頼もしいわ」


 フィアルがいたら、戦略の幅が広がったかもしれない。でも、大魔法使いさま一人の巨大な力には敵わないけれど。


「ところで、ロザリーは今、パーティは組んでいないんですか?」

「組む予定はないわ。私は必要に応じて戦闘に参加する、ソロ冒険者を目指しているの」


 キッパリと言い切ったら、フィアルは明らかに残念そうな顔をした。


「そうだったんですか。僕とパーティを組まないか誘おうと思ったんですが……」

「フン、残念だな。俺の魔道具で攻撃魔法が強化されて、パーティを組む必要がなくなったんだ」


 ずっと静観していたロウが口を挟んできた。

 バチバチとロウとフィアルの間で火花が散る。


「さっきも言ったが、ロザリーをパーティから追い出しておいて、英雄だと名が売れた途端にパーティを組みたいとは虫が良すぎるな」

「僕もパーティを辞める予定だったので、ロザリーを引き留めるつもりはなかったんですよ」


 パーティ脱退のことを、さも当然のように言われて、私は言葉を失ってしまった。

 そうだった。フィアルは効率重視の人間だった。パーティを辞める時に「ロザリーには他の道がある」と言われたけれど、もしかしてフィアルは私と組もうとしてたのかな?

 ま、いまさら言われても遅いけど。

 気持ちを切り替えて、フィアルに質問する。


「フィアルが勇者パーティを辞めたとき、パーティはどんな雰囲気だったの?」

「どんな雰囲気かと聞かれたら……混沌でしたよ」

「混沌?」

「ロザリーがいなくなって、回復魔法がまともに打てる人がいないパーティは、中級以上の敵がゾロゾロ出てくるダンジョンで生き残れると思いますか?」

「回復が肝だものね……。難しいと思うわ」

「その通りです。中級のゴブリンの討伐に手こずり、アーサーが中級の食人花の誘惑魔法に引っかかり、ソニアがアーサーを救出しようとして禁忌の誘惑魔法に手を出し、その結果アーサーの頭に支障が出て……。僕が知るのはそこまでです」


 とんでもないことが多数あったが、思い出すのも嫌だったのか、フィアルは淡々と説明した。


「アーサーの頭に支障? 国王陛下主催のパーティに出席したときのアーサーは特に問題なかったわよ」

「おそらく、ネイヴァとやらが大蛇と取引をしたんだろうな」


 話を割って入ったのはロウだった。


「大蛇と取引?」


 話を飲み込めていないフィアルにロウが説明を加える。


「ネイヴァは国家指名手配されているんだ。大蛇の封印を解いた罪で」

「なっ……」


 フィアルは絶句した。知らなかったようだ。


「あいつ! 助けてくれた恩人を指名手配するなんて、虫が良すぎるじゃない!」


 私はふつふつと怒りが収まりきらなかった。


「ネイヴァが犯人という話に、僕は納得できない」


 そう言ったフィアルに「どうして?」と聞き返す。


「大蛇と取引してまでアーサーを助ける程、彼女はお人好しじゃないだろう?」

「それはそうかも……」


 ビジネスパートナーだと割り切っている節があって、自己犠牲の精神は彼女にはない。リスクを冒してまでアーサーを助けるのはありえない。

 犯人がネイヴァでなかったと考えると、全ての辻褄が合う。

 となると……?

 最悪な事態が頭に浮かび上がり、言葉にするのも憚られた。


「まったく。アーサーはとんでもない男だな」


 ロウは呆れて言った。

 と同時に、フィアルは顔面蒼白になって、「そんなまさか……」と唇をわなわなとさせた。導き出した答えを、私とロウだけに聞こえるように声をひそめて言う。


「アーサーがソニアを庇って、ネイヴァに罪を押し付けた……?」

「そのようだな」


 ロウは頷いた。

 こうして、フィアルと話を擦り合わせたことによって、アーサーとソニアの犯した罪が明らかになった。

 フィアルは酒がすっかり抜けてしまったらしく、「飲み直す?」と聞いても、「今日は大人しく帰ることにするよ」と言われた。

 帰り際に、なぜかフィアルはロウに向かって頭を下げる。


「これまでの無礼、すみませんでした!」

「ま、許してやるか」


 ロウは腕組みをしながら、当然のように謝罪を受け取った。


「確かに、フィアルはいつもの上から目線なところがあったけど……改めて謝るなんてどうしたのよ!」


 フィアルの行動がよくわからなくて問いただす。彼は私の目をジッと見てきた。


「悪いことは言わないから、ロウさんには失礼がないように」

「はあ……」


 質問の答えになってない。

 逆に釘を刺されて、生返事になってしまう。

 年上の人には敬意を持って接するようにということかしら。それって当たり前よね?

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