第12話 その頃の勇者パーティは②
私、聖女のソニア。勇者パーティの唯一無二の聖女よ。
あえて聖女を強調したのは、今まではパーティに偽の聖女がいたから。勇者のアーサーさまに相談して、追い出すことに成功したけどね。
偽の聖女のロザリーは最初から鼻持ちならない存在だったわ。
勇者パーティの聖女に選ばれたのは私ではなくロザリー。あの女に比べると魔力量が少ないという理由で落とされた。
私はショックを隠しきれなかった。
十二歳のスキル鑑定で聖女と言われてから、勇者さまに仕えたい一心で努力して……。勇者さまがアーサーさまに決まってからも、アーサーさまが剣が強いと評判を聞いて心焦がれて。
それに――聖女候補として初めてアーサーさまにお会いしたときに決意が固まった。勇者パーティの一員になって、勇者パーティの役目を全うした後はアーサーさまのお側にずっといたいと思っていたのよ。
それがどうして、あの童顔女に決まってしまうのよ! ああもう、思い出すだけでも腹立たしい!
アーサーさまに直談判したら、勇者パーティの参加を認められたわ。
しばらくは大人しく冒険の旅に同行した。
そして、ついにロザリーの欠点を発見してしまった。
ロザリーったら、聖女の本分である回復魔法をサボっていたの。戦闘後に回復魔法でパーティメンバーの傷を癒しているのは私だけ。あの女は見て見ぬふりをしているの。ひどい女じゃない? 役立たずでしょう?
アーサーさまにそのことを伝えたら、私からの苦情を聞き入れてくれたわ。ロザリーは役立たずだと一緒に怒ってくれた。
偽の聖女を語るなんて王子への反逆罪もいいところなのに、追い出しただけだったのは、私が心の広い人間だから。もう関わりのない人間になるのだから、せめて施しをあげただけよ。
ふう。あのロザリーがいなくなって、ストレスがなくなったわ。
それからの勇者パーティは、ロザリーが必要でなかった証明であるかのように順調だった。
迷宮ダンジョンも勇者パーティにしてみれば雑魚の敵ばかり。
中腹まで歩き進めると、背中に羽を生やしたゴブリンが出現した。
「グァーッ!」
叫び声を上げながら、チェーンに繋がれた鎌を振り回す複数のゴブリン。
少し厄介な敵の登場に、アーサーさま以外のメンバーは怯んだ。
そんな中、アーサーさまは先陣を切る。身軽な体で壁を走り上がり、華麗な剣捌きで一体仕留めた。
きゃー! アーサーさまカッコいい!
「ネイヴァ、お前にもできるはずだ!」
「はい!」
アーサーさまに鼓舞された女剣士のネイヴァもゴブリン討伐に積極的になる。
ゴブリン二体が勇者パーティの要であるアーサーさまを挟み撃ちしてきた。それでもアーサーさまはピンチを逆手に取り、鎌のチェーンを素手で掴んで引っ張った。
「グアアアアアッ!」
投げ飛ばされたゴブリンがもう一体に命中。
アーサーさまは汗一つかいておらず、余裕の表情だ。
「……まあ、こんなもんか」
「さすが、アーサーさまですわ!」
安心したのも束の間。アーサーさまの手に鎌のチェーンで擦れた傷があるのに気がついた。痛そうよ。早く治してさしあげなければ。
「ヒール!」
いつものように手を伸ばして回復魔法の呪文を唱える。これで傷が癒えるはずだ。
と、アーサーさまはゴブリンからの攻撃を避けた。
私は違和感を感じた。治したはずのアーサーさまの手は傷だらけのままだ。どうやら回復魔法が届いていない。
それならアーサーさまに近づいて回復魔法をかけよう。
アーサーさまに走り寄ってもう一度、「ヒール!」と回復魔法の呪文を唱えた。
まごつく私に、アーサーさまが催促する視線を送ってきた。
「ソニア、回復魔法だ!」
「え、あ……はい!」
もちろん今が回復魔法をするタイミングだとはわかっている。二回も呪文を唱えているのに、二回とも回復魔法が届かないのだ。
いや、回復魔法は届いているのに、アーサーさまがその場から動いてしまうから回復魔法が無効になっている。
交戦中である以上は動かないことなど無理なのに、アーサーさまを回復させたい一心で思わず叫んでいた。
「回復中は動かないでくださいませ!」
私が発した言葉を聞いたアーサーさまの、失望した瞳を忘れられない。
その間にもアーサーさまはゴブリンに剣を打ち込んでいた。
剣を握るたびに痛みを我慢する表情を浮かべた。
ようやく回復魔法ができたのはゴブリンを討伐した後だった。
どうして戦闘中に回復魔法が届かなかったのだろうかと、回復魔法でアーサーさまを癒しながら考える。
ロザリーがいた頃。私の回復魔法に被せるように、ロザリーも呪文を唱えていたことが多々あった。
あれは……もしかして。当時は私の邪魔をしていたのかと思ったけど、私の回復魔法が届かないのをカバーしてくれていたの?
戦闘中の私の回復魔法は無意味だったの?
それじゃあ……本当の役立たずは……私?
「治りました」
「ああ……ありがとう」
アーサーさまから気のない返事をされる。
傷が治っても、彼の肩に乗った疲労感は消すことができなかった。
私はいつの間にか王宮にいた。白い花嫁衣装を着て、化粧を施している。
これからアーサーさまとの結婚式だ。貴族、諸外国の要人、国民、たくさんの人々から祝福される。
勇者パーティの魔物討伐の任務を終えて、アーサーさまからプロポーズされた。
「ソニア、綺麗だ」
「……ありがとう」
私の花嫁衣装を見たアーサーさまは頬を染めた。アーサーさまの婚礼服もカッコいい。
「さあ、行こう」
アーサーさまから手を差し出される。
私は伸ばしかけた手をギュッと握った。
「ごめんなさい。いつかこうなる日が来てほしいけど、今は行けないわ」
これは罠だ。アーサーさまの体に漂う、花のような匂いで気がついた。
中級の魔物の食人花の誘惑魔法。
特に厄介なのが、その人が一番叶えてほしい願望を見せてくることだ。
誘惑魔法を自分で解くには、思わず乗ってしまいたくなる誘いを断らないといけない。
「本当にいいのかい?」
「いいわ。さようなら」
名残惜しそうに言われて、その誘いを振り切る。
ドレスに足を取られそうになりながら走り、部屋の端まで行った。
いち早く食人花の誘惑魔法を解いた私は、迷宮ダンジョンの中腹にいた。
ネイヴァとフィアルはうなされているが、なんとか自力で解けそうだ。でもアーサーさまは……。
いつものアーサーさまであったら、引っかかることはなかっただろう。
ありえないことに、食人花に頭を喰われているところだった。毒が回って、体が硬直している。
やめてやめて! アーサーさまを喰わないで!
「アーサーさま!」
必死に叫ぶと、アーサーさまの指先がピクリと動いたような気がした。
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