第13話 その頃の勇者パーティは③

 食人花の誘惑魔法を他の人が解く場合、その人の手を握って夢の中へ入り込む必要がある。タイムリミットはその人が誘いに乗るまでだ。その人が誘いに乗ってしまったら、助けに行った人も道連れになる。

 アーサーさまはもう、他の人が助けられる状態ではなかった。


 誘いに乗る前だったら、私――ソニアはアーサーさまを助けるために夢の中に入っただろう。今は手遅れだ。


 逆さまになって頭から喰われたアーサーさまは、既に肩まで喰われている。

 女の勘だけど、誘惑魔法にかかったアーサーさまは、他の女の気配を感じた。中級の魔物の誘惑魔物に引っかかってしまうなんて!


 私はどうしたらいいの? このまま見ているしかないの?


 自問自答する間に、何もできないままの時間だけが過ぎていく。

 フィアルが誘惑魔法を自力で解き、少し遅れてネイヴァも硬直から戻ってきた。


「アーサーが喰われてる!?」


 ネイヴァが驚きの声を上げた。

 そんなことわかってる。

 冷静に状況を見ていたフィアルから「どうしますか?」と話しかけられた。


「私がなんとかするわ」

「なんとかって……」


 打開策が思い浮かばないのか、フィアルは浮かない顔だ。

 私は賭けに出ることにした。誘惑魔法は少しかじったことがある。毒は毒で制するのと同じように、誘惑魔法には誘惑魔法が効くかもしれない。

 何もしないでアーサーさまの死を待つよりは遥かにましだろう。

 私は手のひらを開いて前に突き出した。


「クリスタル・テンプテーション!」


 ピンク色の光の粒が、風に乗って食人花にまとわりついた。

 でも、やはりというか効かなかった。食人花は小さく震えて誘惑魔法を跳ね除けるだけで、獲物を離してくれない。

 可能性が少しでもあるなら、諦めずにもう一度やるしかない。


「クリスタル・テンプテーション!」


 やはり同じ魔法では効かなかった。

 誘惑魔法の粉塵を吸い込んだのか、私の後ろにいるネイヴァが顔を赤くしている。

 まずい。仲間に誘惑魔法の影響が出ている。フィアルは技の特性を知っているのか、すでに袖で鼻と口を隠していた。


「ネイヴァ、粉を吸わないように鼻と口を手で隠して!」

「……注意するのが遅いのよ!」


 文句を垂れながら、ネイヴァは鼻と口を隠した。

 食人花に誘惑魔法が効かないのなら、もっと強い魔法をかけなければ。


 思い浮かんだのは、神殿の地下倉庫に隠されている禁書だった。興味半分で神官が外出した隙に盗み見て記憶した。

 最大級の誘惑魔法。昔に王の側室が誘惑魔法を用いて、王を洗脳して王妃に成り上がったという曰くつきのもの。最後には、側近から断罪されて王妃の座を降りて処刑されたけれど、悪魔の魔法と言われて使用を禁止されることとなった。

 アーサーさまを助けるためには、手段を選ばず悪魔の魔法でも手を借りるしかない。


「ソニアさま、それはやめてください!」


 私の手の構えを見たフィアルは止めようとしたけれど、私の技の発動の方が早かった。


「メイデンブレス・テンプテーション!」


 手のひらに息を吹きかけた。ピンク色の光の粒が食人花めがけて飛んでいく。

 さっきとは威力が断然違う。


 誘惑魔法が食人花全体を包み込んだ。

 やがて耐えきれなくなったのか、まずいものを吐き出すように花の口を広げてアーサーさまの体を出した。

 根っこの四足の足をバタつかせながら、食人花は逃げていく。


「アーサーさま!」


 粘着液にまみれた顔を手で叩くように拭った。幸にして顔や体は溶けていない。

 回復魔法を施すと、アーサーさまは粘着液を咳き込むように吐き出した。毒も解毒できたようだ。

 息を吹き返したから、もう大丈夫だ。

 安心したのも束の間、誘惑魔法の影響を受けていたらしくアーサーさまは顔を赤くしていた。


「アーサーさま、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよぉ」


 私からの問いかけに、アーサーさまはニコニコとしながら答えた。声からも、いつものアーサーさまの覇気を感じられない。


「アーサーさま、失礼します」


 私とアーサーさまのやり取りに違和感を感じたのか、フィアルが割って入ってきた。


「私たちの名前はわかりますか?」

「もちろんわかるよぉ。ソニアにネイヴァ、君はフィアルだよね。みんな僕の仲間」


 名前は正確に答えた。でも、発言が全体的に幼い気がする。誘惑魔法の効果で酔っ払っているわけではなさそうだ。


「今の状況はわかりますか?」

「ソニアが僕を魔法で助けてくれたんだよね。ありがとう」


 確かに合ってはいるけど……。食人花に喰われたこの状況はわかっているのだろうか。

 私はフィアルとぎこちなく目を見合わせた。


「アーサーさま、今は迷宮ダンジョンの魔獣討伐の任務中ですが、続行できますか?」

「ぞっこうって何?」


 無垢な顔でアーサーさまは聞いてきた。

 フィアルは顔をひきつらせながら、さらに優しい言葉を選んだ。


「これから魔獣を倒しに行けますか?」

「えー? ヤダー! 僕、遊びに行きたい! 昆虫を捕まえたり、木登りしたい!」


 アーサーさまは地面に座って足をバタバタさせて癇癪を起こした。

 多分、思考能力が五歳の子ども程度だ。強い誘惑魔法をかけたことで、脳にダメージがあったのだ。


 アーサーさまに回復魔法をしようとしても、回復する場所がないと魔法が跳ね返ってきた。


 嫌な予感がする。

 もしかして、さっき禁じられた魔法を使ってしまったから回復が効かないの?

 きっとそれだ。

 でもそれしかアーサーさまを助ける方法はなかった。


 私は悪くない。悪くない。悪くない!


「アーサーさまに、とっておきのこれをあげます」


 どこからか棒付きキャンディを取り出したフィアルは、泣き叫び出したアーサーさまにそっと差し出した。

 その途端にピタッと泣き止んで、アーサーさまはキャンディをペロペロと舐め始めた。


 アーサーさまを宥めている間も、ネイヴァは渋面のまま剣の柄を指でトントンした。

 と、私をキッと睨みつけてきた。


「アーサーを元に戻して!」


 できるものなら私だってそうしたい……!


「禁止されている魔法を使ってしまったから、誰にも解除できないの……!」


 私の言葉に、ネイヴァはイラつきを隠さなかった。


「はあ!? どうしてリスクのある魔法を使ったんだ!」

「勇者様を助けるのに必死で……。これしか方法を思いつかなかったの」

「これしか方法を思いつかなかったの……じゃない! あんたが出しゃばらなければ、他にも方法があったはずだ! 言い訳は聞きたくない!」

「……ごめんなさい」

「ごめんなさいで済んだら、許されると思っているわけ? ああもう! ロザリーがいれば、こんなことは起きなかった! フィアルも黙ってないで、何か言いなさいよ」


 こんな状況でも冷静なフィアルに聞けば、何か解決方法があるだろうと見込んで話を振ったのだろう。

 しかし、話の流れはさらにあらぬ方向へ行った。


「実力者のロザリーがいなくなって、起こるべくして起こったという印象ですが。あなたたちの喧嘩を見ているのに疲れました。僕、パーティ辞めますね」

「はあああああ!?」


 ネイヴァの悲鳴に近い声が、迷宮ダンジョンに響き渡った。

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