第10話 中級の魔物討伐へ②
私は呆気に取られて見入ってしまった。
灰色の瞳は赤く燃え上がり、首をもたげるとニョキと新しい頭が生えてきた。中級の魔物のモーサドゥーグが、三つの頭を持つ、ケルベロスに上位進化してしまった。魔石を喰った効果なのか、攻撃で与えたはずの腕の傷が跡形もなく消えている。
三つそれぞれの頭をもたげてきて、威嚇してきた。
魔石は魔獣を倒したときに稀に落とされることのある、希少なものだ。そんな石が偶然落ちてくるとは、ついていない。
私の焦りをよそに、ロウは落ち着いていた。
「これを偶然だと思うか?」
「違うんですか?」
驚いて聞いた私に、ロウは淡々と説明した。
「たまに勘の鋭い個体がいるからな。たまたま近くに落ちたのではなく、いつでも進化できるように隠し持っていたのだろう」
ケルベロスが大きな爪で攻撃してくる。
攻撃魔法は間に合わない。防御も間に合わない。
これは、大怪我する。
動けずに呆然とする中、ロウの魔法の剣に助けられた。
ケルベロスの大きな爪は、魔法の剣で弾け飛んだ。
ロウが早く動けたのは危機察知能力が高かったのか、元々俊敏に動ける人だったのか。どちらにせよ、助かったのはロウのおかげだ。
「あんた、やるじゃない」
「お前こそ全体的に筋が良いな。ただのヒーラーにしておくのはもったいない」
そう言われて嬉しかったが、明らかにお世辞だろう。
まだまだなのは自覚している。
「魔道具屋さんに褒められてもなぁ。ヒーラーじゃなくて、攻守両方の人を目指しているんだから」
「上位進化するとは、厄介だな。しかし、二人でできなくもない。ケルベロスの動きを鈍らせるから、ロザリーはとどめを」
「わかりました」
ロウはよく動いた。ケルベロスを引きつけて、確実に体力を減らしている。Aランクの登録は嘘ではないらしい。
「ロザリー! 今だ!」
「はい! ビッグ・シャインアロウ!」
ケルベロスの胸に向かって、大きな光の矢が飛んでいく。
身を翻して攻撃を避けてくるが、それに合わせて矢の向きもくるりと変わった。
避けられても、矢は目的物を追い続ける。
やがて、ケルベロスの胸に突き刺さり、絶命した。
「お前のギルドの登録はBランクなんだよな?」
「そうよ」
「ケルベロスは上位モンスターでAランクの冒険者でも手こずる。急に進化しなければ、最初からロザリーだけで対応できたはずだ」
「そんな、買い被りですよ」
「目が良いと思う。敵の動きを見る目が。少なく見積もってもAランクはあるはずだ。お前は自分を過小評価してないか?」
勇者パーティでの経験が生きているだけだ。敵と勇者パーティの攻撃の動きを見て、すかさず防御魔法や回復魔法を打つ。今では魔物の動きがゆっくりに見えるほど。
「私に足りないのはミッション達成の実績なんです。ランクは後でついてくるものじゃないですか?」
自分に言い聞かせるように言った。でも、ロウは納得していない顔だ。
「まぁ、そうだが……」
「部位をお金にしたいので、解体のお手伝いもお願いします」
「……わかった」
倒した魔獣は解体した方が値がつく。それをわかっているのか、ロウはあっさりと了承してくれた。
切り分けた部位は量が多く、リュックサックに入りきらない。
すかさずロウが提案してくれる。
「コンパクトに収納できる魔道具があるが、使うか?」
ありがたい。
けれど、それはロウの性格上、親切心だけではないのはわかった。
「……それも有料なんでしょう?」
「もちろんそうだが」
だから聞いていると、言われてしまう。
値段の付きにくい部位は放置するわけにはいかない。魔獣の餌となって、他の上位魔獣を引き寄せかねないからだ。
悔しいけれど、他に選択肢はなかった。
「魔道具を買わせてもらうわ」
「まいどあり」
魔獣の部位の換金所に行って、ケルベロスの牙や皮などの部位を広げる。収納の魔道具の扱いに長けたロウにも着いてきてもらっていた。
換金所の店員は、私たちの持ってきたものを見た瞬間に驚きの声を上げた。
久々の大物を見たからだろうか。下位魔獣の部位をちまちま売る冒険者も少なくない。
「こりゃあ、上等なものだな。全部まとめて二十カロスでどうだ」
カロス金貨一枚で高級宿に一泊できるくらいの価値がある。それが二十泊分。毎日超贅沢ができてしまう。
副収入で思わぬ高値がついて喜んでいたのに、ロウは腕を組んで不満顔だった。
「少し安いな。魔石を喰って身体強化されたもので、部位の効能も高くなっている。色をつけて、三十カロスだな」
「わ、わかった……三十カロスで」
あ、値段交渉が上手い。
私は懐が潤ってほくほく顔になった。ロウの魔道具分を支払っても、十分にお釣りが来る。
「ロウ、またの討伐もよろしくね」
「次は違う冒険者を見つけてくれ」
「えー? 釣れないんだから」
* * *
ロザリーとロウが去った後の換金所にて。
換金所の入り口でもっぱら客対応をしているのが部下で、店奥で成り行きを見守っていたのが上司だ。
上司がケロベロスの部位に何やら視線を送る。
「本当に二人で上級の魔物を倒したんでしょうかね?」
「おそらくそうだろう。二人きりでこの換金所までワープして、他のメンバーの話題は出なかったから。それに冒険者バッチがBランクと、Aランク。二人でギリギリ倒せなくもない」
「すごいですね。二人でギリギリって、最低人数で挑むとは度胸があるというか……」
「それよりも、さっきの魔術師の男……どっかで見たことがある」
上司は考え込むように顎に手を当てた。
「え? そうですか? もしかして、お知り合いですか?」
「いや……そんなんじゃなくて……見覚えがあるだけだ」
「二十代のどこにでもいる冒険者っていう印象でしたね。あ、交渉慣れもしているなって感じましたが。僕はわからないですね」
「思い出せない……。まあ、冒険者ならまた会うこともあるだろう」
そう結論づけて、まとまらない考えに見切りをつけた。
あの魔術師は、五年前の伝説の勇者パーティの凱旋パレードで、勇者パーティの一人として見たことがあったと思い出すのは、もう少し後の話。
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