第9話 中級の魔物討伐へ①
魔獣の狩りに適した早朝。初討伐にワクワクしすぎて、約束した時間よりもだいぶ前に到着してしまった。
日の出はまだで、辺りは薄暗い。
先に行って待たせてもらおうかなと、ロウとの待ち合わせに指定された魔道具屋の前へ行くと、既にロウが待っていた。
もしかして、ロウも久々の魔物討伐が楽しみだったんじゃあ……。と勘ぐりつつ、ロウに声をかけた。
「早く来ていたのね」
「まあな。ロザリーがこのパーティのリーダーなんだから、遅れるわけにはいかないだろう」
あ、予想が外れた。服装は無頓着なのに、時間はキッチリなのね。
パーティのリーダー。そう言われると満更でもない。こちらからお願いして、メンバーに入ってもらっているんだけどさ。
「ん?」
何かに気づいたらしいロウは、私の肩の部分――妖精のリアが腰掛けている位置を凝視していた。
もしかして、ロウは妖精が見える人なの?
おかしいな、今はスリープ状態のようなもので、契約している私でも見えないんだけど。
リアは目を見開いて固まっている。一瞬、彼女が怯えた表情をしたので、存在を知られたくないらしい。親友を守るべく詳しく突っ込まれない限りはシラを切るつもりでいた。
「どうしたの?」
「お前……寝癖がひどいな。ちゃんと櫛で解いているのか?」
「えっ、寝癖!」
手で触ると、毛先がぴょんと跳ねていた。これは恥ずかしい。
ゴシゴシと手櫛で直すと、幾分かましになった。
ロウを見ると、私の周囲に興味を失ったらしく目を逸らされた。
髪の毛を見ただけで、妖精のことはバレてないよね……?
「さて、今回の獲物……モーサドゥーグの出没する魔の森には若干距離があるが、どうやって行くつもりだ?」
「それはですね……」
私はふっふっふと口に笑いを滲ませた。
ここから森まで1時間、そのモーサドゥーグが出没しやすい目的地までも1時間はかかる。
でも、とっておきの転移魔法を使えばあっという間に到着する。
「私の転移魔法です」
自信満々に言い切ったら、ロウに呆れた顔をされた。
「アホか。転移魔法なんて使ってみろ。転移の振動で獲物が逃げていくぞ」
「それは心配には及びません。私の転移魔法は振動を発生させずに降りられるんです」
「振動が、発生しない……? 物理的に不可能じゃないか?」
ロウはありえないものを見た顔をした。いい表情だ。
確かに、転移した人の重みで振動は発生する。そこに何も用意しなければだ。
「なあに、簡単なことです。振動が発生する場所に、あらかじめ透明なクッションを用意しておけばいいんです」
「は? それは簡単じゃないだろう。遠距離間で目的地にクッションを置く魔法をかけないと、その魔法は成立しない」
「それができちゃうんですよね、私なら」
実は私の魔法の射程範囲は広い。攻撃ができなかったから、パーティで戦力にならなかっただけだ。
ロウは半信半疑といった様子だったが、しれっと呟いた。
「……聖女の肩書きは嘘じゃなかったんだな」
「嘘じゃありません。パーティに残っているのも聖女だけど、私も聖女なんです。それが真実です」
「まあいい。その能力、使いようによっては、最大の防御になるぞ。勇者パーティのお前の抜けた穴は大きすぎるんじゃないか?」
そうでしょうね、と視線を送って同意する。
「私の功績に気づいてくれないパーティなど、用はありません。さて、行きましょうか」
その話は終わりとばかりに呪文を口ずさみ、転移魔法を発動した。
移動の衝撃で枝が揺れたりするものだが、葉っぱさえも揺らさずに静かな移動が完了した。
「モーサドゥーグが近いな」
「わかるの?」
「ああ。これを見ろ」
ロウが獣道でモーサドゥーグの足跡を見つけた。新しいもので、足跡が付いてからそれほど時間が経っていないらしい。
複数の動物の足跡があったのに区別ができるなんて、ロウは魔獣狩りの経験があるのかな? 魔道具作りで家にこもっているインドア派に見えるのに意外。
「……ロウって頼りになるんですね」
「ちゃっちゃと終わらせたいだけだ」
感心すると、憮然とした顔でそう言われた。
ロウは茂みから辺りを窺う。
「――いた、近づくぞ」
「はい」
ロウの後ろを着いていく。
と、木の蔓に足が引っかかって、バランスを崩した。
「……」
ギリギリのところで声を出さずに、なんとか転ばずに済んだ。
ひと安心とはいかなかった。落ち葉を踏み締めた音に反応して、モーサドゥーグが毛を逆立てたのだ。
「チッ! 攻撃が来るぞ!」
モーサドゥーグが襲いかかってきた。
勇者パーティで経験を積んだからか、魔物の動きがスローモーションで見えた。そのおかげですぐに反応できた。
「マジックバリア!」
私の生み出した魔法陣の壁によって、モーサドゥーグの爪を跳ね返した。
「グルルルルルッ!」
モーサドゥーグは唸り声を上げて、魔法陣の壁を叩いてくる。
まずい。攻撃を受け続けると、耐久性が落ちてくる。
急いで魔法陣の壁を二重に補強しようとしたら、モーサドゥーグの叩き割るスピードの方が早かった。
ガンガンッ! ガシャーン!
魔法陣の壁が崩れ去り、舌なめずりしたモーサドゥーグが襲いかかってきた。
呪文を発動しようとしたら、それよりも早くロウが透明な雨傘を敵に向かって開いた。
「対魔獣の魔道具だ。暴れて疲れるまで様子を見ておこう」
ただの雨傘に見えるのに、モーサドゥーグの攻撃が雨傘に吸収されていく。
ロウが改造した魔道具なのだろう。少しは攻撃を凌げる。
私は額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。
「……助かったわ」
「あ、ちなみに……」
そう言って、ロウはニヤリと笑った。
「使った魔道具は後で請求させてもらうからな」
「はああああ!? それならそうと、先に言ってよ!」
「当たり前だろ。うちの商品を使っているんだ。タダで使わせるわけにはいかない」
腰に傘を刺していたため、魔獣狩りで雨の心配? と思っていたのに魔道具だったとは。耳にはイヤリング、首にはペンダント。今日はやけに装飾が多かった。全て売りつける予定の魔道具に違いない。
まったく、抜け目がないんだから。
「わかったわよ。その代わり、魔道具を節約できるところは節約してよね!」
「はいよ」
聞いているのかわからない生返事をされる。
ずっと守りに入っているわけにもいかない。攻撃あるのみだ。
「シャインアロウ!」
実戦で初の攻撃魔法を発動した。光の矢が発射するが、残念なことに攻撃は避けられてしまった。
しかし、攻撃を避けられるのは予想の範囲内だ。
「シャインアロウ!」
攻撃を避けた時にできる、一瞬の隙を狙った。
今度はモーサドゥーグの腕に当たり、咆哮が上がる。
ロウは剣の魔道具を構えて叫んだ。
「まだ致命傷は与えてない。油断するな!」
「はい」
そして獣の声は急に止んだ。嵐の前の静けさのような不気味な気配を感じて、傘越しにモーサドゥーグの動きを見る。
すると、近くに転がってきた魔石を喰った。ジャリジャリと鋭い歯で魔石を噛み砕き、あっという間にゴクリと飲み込む。
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