第4話 瀕死の妖精を助ける

 良いことがあったから、お気に入りの道を通って帰ろう。

 少し遠回りして季節の花々の咲く道を歩く。今は赤バラや白ツツジの花が見頃だ。

 鼻から息を吸うと、幸せな花の匂いに包まれる。ずっとこの空間にいたい。


「あれは……」


 と思わず口に出た。

 ツツジの枝が根本からポキンと折れていた。冬に雪が降ったときに、雪の重さでやられたか、それと知らず誰かに踏まれてしまったのだろう。

 これは手の施しようがない。

 挿し木で新たな根を生やすには手間がかかる。それなら、回復魔法が手っ取り早い。


 可哀想に、と回復魔法をかけようとして、私は一瞬それをやめた。


『勇者パーティはご奉仕じゃないんだ。俺の許可なく、聖女の力の使用を禁じる』


 勇者アーサーから言われたことだ。一般人の請われるままに回復魔法をしては、キリがないと。

 私は奉仕と言われても、困っている人を救いたかった。勇者パーティを前に、助けの声を上げてくるのは、相当の理由があると思ったから。

 嫌な思い出を打ち消すように、ふるふると首を振った。


 今はただの冒険者のロザリーだ。勇者の言うことは、もう気にしなくていい。助けたい気持ちに歯止めをかける人はいない。

 ご奉仕? ご奉仕でいいじゃない。ボランティア最高。来年もこの花が咲けば、通行人の目を楽しませる。私もその一人だ。

 再度、ツツジの枝に意識を向けて、無詠唱の回復魔法を発動させる。


 ――この花のあるべき姿に戻れ、ヒール!


 暖かな光が生まれて、折れた枝の先を取り囲む。枝から新芽が生えて、みるみるうちに蕾から白いツツジが咲いた。

 力を込めすぎてしまったのか、他の一帯のツツジよりも大きな花を咲かせた。まあ、それはそれでいいか。


「これでよし、と」


 誰から褒められる訳でもない。けれど、気分が良い。修復された花たちが笑っているような気がする。

 そう満足して、家に帰ろうとすると、鈴を鳴らしたような可愛らしい声がした。


「ご主人さま。私も連れて行ってください」


 ご主人さま!? 飼い慣らした魔獣を使役している訳でもないし、この声の主は誰?

 耳を疑って、声のした方向を見る。


 手のひらサイズくらいの、半透明の羽が背中に生えている妖精が、目の前をふわりと飛んでいた。

 彼女はそろえた指先を胸にあてる。


「先ほどは助けていただいて、ありがとうございました。私、花の妖精のリアと申します」

「花の妖精……」


 私は妖精を見つめる。金髪をポニーテールにして、服はツツジの花びらのように広がる白いワンピースだ。

 召喚しようと思えば、元聖女である私には妖精の召喚はできなくもない。しかし、特に必要性を感じたことがなかった。妖精との契約で、無理難題をふっかけてくる妖精がいると本に書いてあったからだ。ややこしいのはゴメンだった。


「それはわかった。けれど、連れて行ってくださいというのは……?」

「ご主人さまに助けていただかなければ、ツツジの根は腐って枯れていました。花が枯れれば、私も寿命を迎えていたことでしょう。ご主人さまは命の恩人です。今度は私がご主人さまの役に立ちたいのです」


 この子は健気だ。恩返ししたいという気持ちだけで十分なのに。

 強い思いがあれば妖精の実体が生まれる。私が助けたことで、この子は実体化したのかもしれない。


「じゃあ……友達になって?」

「お友達ですか?」

「一人で冒険者をするのは寂しいと思ってたの。私の話し相手になってよ」


 私がそう言うと、妖精は少しキョトンとした後、満面の笑みを浮かべた。


「お安い御用です! でも、ご主人さまと呼ばせてくださいね、ご主人さま」

「リア、よろしくね」

「はい! あの、契約をしないと私、ここから離れられないので、主従契約を結んでもよろしいですか?」


 妖精との主従契約。妖精は契約しないと、宿り主――ツツジの花から離れることができない。

 私が会いに行ってもいいんだけど、冒険の旅が長引くこともあるし、「ご主人さま」と慕ってくれる子をずっとお留守番させるのも可哀想だ。


「そうか……そうね。契約しましょう」


 リアは私のおでこにチュッとキスをした。光の粒が目の前に飛ぶ。

 妖精の契約の印だ。

 契約した今は、私から離れすぎることはできないけど、移動が可能となった。

 リアは私の肩の上に乗ると、家まで散歩しながら帰った。




 彼女は見るもの全てが新鮮に見えるようで、目を輝かせている。

 家に帰ってもそうで、玄関のドアを開けると「わぁ……」と嬉しそうな声を上げた。


「おいしそうな匂い……!」


 リアはすぐにアップルパイを見つけた。朝に焼いたものだ。

 キラキラして期待している目。甘いものが好物らしい。


「ちょっと待っていて。切ってあげるね」

「わーい!」


 私一人で食べきれない量だったので、ご近所さんに配ろうと思っていたくらいだ。

 アップルパイを切り分けると、皿に載せてリアに渡した。こうして比べてみると、リアの身長と切り分けたアップルパイは、ほぼ同じ大きさだ。リアは小さくて可愛らしい。

 お腹を空かせていたらしく、あっという間に平らげた。

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