第29話 ボロボロの王子

「やめてください! もうやめてください、神官長さま! 私……言うとおりにしますから。だから、このひとを自由にしてあげてください!」

 ニカはとめどなく涙を流しながら、神官長に訴えた。


「自分を殺してほしい」なんて、ほんとうに変なひとだと思った。

 だけど、生まれてからずっとこの塔に閉じこめられていた私を、『死を招き』だとさげすまれていた私を。

 はじめて会ったばかりなのに、本気で外に連れ出そうとしてくれた。守ろうとしてくれた。

 ニカは涙をぬぐうと、精いっぱいアインに向かってほほえんでみせた。

 ありがとう。

 その気持ちだけで、もう充分。

 人生の最後に、幸せな気分に包まれることができてよかった――。

 突然、ニカは背後から力強く肩をつかまれた。

 ふり向くと、アインがニカのすぐそばにいた。

 さっきまでろくに立つこともできなかったはずなのに。

「そんな命乞いなど必要ない。どうせオレは死なないんだ。お前の手以外ではな。それに、約束したはずだ。今、ここでお前を離すわけにはいかないと」

「アイン……」

 赤くくすんだ長い髪は乱れに乱れ、ねずみ色のロングコートは血まみれかつ穴だらけ。

 頭のてっぺんから、つま先までボロボロにつぐボロボロではあるが。

 今のニカにとってアインは、小さなころに夢見た王子さまのようにうつった。

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