第二章

第13話 アイン

「あなたを……殺す!?」

 私の手で???

 ニカの頭は混乱でバクハツしそうになっていた。

 誰なの、このひと?

 なぜ私のことを知ってるの?

 どうして私の元に……。

 それに、殺してくれって!?

「あぁ、それがオレの望みなんだ」

 そんな……そんなこと頼まれても。

「――いやです」

 ニカははっきりとそう口にした。

 男がわずかに眉をひそめる。

「知らないひとの命を奪うことなんかできません」

 ニカの目に涙がにじむ。


 四年前の出来事が今でも鮮明に脳裏に焼きついている。

 いつまでもニカの心を苦しめ、絶望におとしいれる忌まわしい記憶。

 もう、二度と誰のことも傷つけたくないもの……!

 すると、男はニカのほおに両手を伸ばした。

「わっ……」

 氷のような冷たさがニカに伝わる。

 男はニカの深緑色の瞳をじっとのぞきこみながら。

「なら、知ってる人間ならどうだ。オレのことなら、これからなんだって教えてやる。お前が望むならいくらでも。手取り足取り、じっくりと――」

 か、顔が近い……!

 じわじわと迫りくる男からニカは離れようとするが、どこにも逃げ場が見つからない。

「ぼっちゃん、そういった物言いはいささか誤解を招くことになりますぞ。とくに相手が年ごろの娘さんなら、なおさらじゃ」

 どこからか、老人のような声がした。

 しかし、その姿は見当たらない。

 男は、

「るせーな、じいさんは。そういうとこがわずらわしいから、早く楽になりたいんじゃねーか」

 と、ひとりごとのようにつぶやいた。


「なんの音だ!」

「向こうのほうからだ」

 騒ぎに気づいた神官たちが、ニカのもとへ近づいてきた。

「壁が……!?」

 侵入者を目にした神官たちが、聖槍をかまえる。

「貴様、何者だ!?」

 男はニカから手を離すと、チラッと神官たちに目をやって、

「ちょうどいい。自己紹介させてもらおう。オレの名はアイン・フレーリッヒ。世界一不運な男だ」

 と、自嘲気味に笑みを浮かべた。

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