第一章

第1話 ふたりの天使が作った世界

 ときは昔。

 人々が科学よりもなによりも、神々の教えを信じていたころ。

 そもそものはじまりは、この町ゼアから。

 気候もよく、作物も豊富で、争いごともなく。

 人々は、みなおだやかに暮らしていた。

 暮らしや、年代、性別にちがいはあれど、彼らには共通点があった。

 この町の人間はみな、敬虔なディン教徒だった。

 ディンとは創造の女神。

 彼女はふたりの天使を生み、この世界を作り出したのだという。


 太陽の守り主は生まれたばかり

 地上に季節のめぐみをもたらす

 裸足で踏みしめる広大な草原

 白き衣には海原の風

 胸には黄色い花飾り

 いま茜色の空にはばたく


 髪の長い娘は月の船に乗り

 闇にまばゆい綺羅星を散らす

 安らぎを与える菫の薫香

 町に火をともす赤い靴の音

 細き指には銀の指輪

 いま鎮魂の歌を奏でる


『創世記』に記された世界の始まりの詩。

 太陽の天使エル。

 月の天使アヌーク。

 世界はディンの娘たちによって生み出され、彼女たちの守護によって、世界の均衡は保たれている。

 ディン教徒は常に彼女たちに感謝し、厚い信仰の心を忘れなかった。

 ディン、そして彼女の娘たちの教えを守れば、ずっとこの平穏な日々が続くと信じていた。

 教えといっても、決して難解なものではない。

 弱き者に手を差し伸べよ。盗みをはたらくことなかれ。不正に手を染めるな、など、小さな子どもでも分かりやすい教えがほとんどだった。

 しかし、ディンの言い伝えには恐ろしいところもあった。

『死を招き』の伝説。

「『死を招き』。白に紫の筋が入った髪の毛と、深緑色の瞳。その者こそディンとその娘たちに仇なす呪いの子。世界の死を招く者。ひとたびこの世にあらわれたなら、必ずや災いをもたらすことであろう」

 人々はその言い伝えを大いに恐れた。

『死を招き』が自分のもとにあらわれないよう、日々祈りを捧げ、赤子が生まれると、呪いに染まらないよう、すぐにディンの洗礼を受けさせた。

 ゼアの人々は栗色の髪に褐色の瞳。

 白に紫の筋が入った髪の毛に、深緑色の瞳を持つ者などまさに化け物だろう。

 そんな奇怪な人間がこの世にあらわれたら、そのときはまさしく世界の終わり。

 みなそう思っていた。

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