シヲマネキ・キネオラマ

香秋 ちひろ

序章

はじめに

 大好きなおとぎ話の本には、いつもこう書いてあった。

 とらわれのお姫さまのところには、いつの日か必ず王子さまがやって来てくれるのだと。

 せまくて暗い監獄のようなこの場所から助け出してくれるのだと。

 そして、いつまでも末永く幸せに暮らすのだと。

 ほんとうにそんなことが起こればいいのに。

 小さいころから今まで毎日のように夢見てた。

 でも、それはきっとかなわない。

 私はお姫さまなんかじゃないから。

 生まれたときから分かってた。

 生まれたときからみんなに恐ろしがられた。

 当時の記憶はないけれど、赤ちゃんのときからずっと、この塔に閉じこめられていたの。

 私が呪いの子だから。

 魔物「死を招き」だから。

 そして、もうすぐ。

 十七歳の誕生日を迎える朝。私は処刑されることになっている。

 生まれてはじめてあたたかく安らかな太陽の光に照らされたとき、私の命の灯はあとかたもなく消え去ってしまうのだろう。

「うっ……」

 その日がだんだんと近づくたび、涙があふれて止まらない。

 悲しみのあまり、涙で海ができてしまいそう。

 こわい。こわい。

 私にはなんの力もないのに。

 この厚く閉ざされた壁を壊して外の世界に出ることも、助けを求めることすらできないのに。

 こんなにつらい思いをするくらいなら、今すぐに心臓がはりさけてしまえばいいのに!

 そう心の底から叫んだそのとき。

 バキイイッ! という鈍い音とともに、壁に亀裂が入ってくずれた。

 壊れた壁の近くには人影があった。

「お前が『死を招き』ニカか」

 落ち着いた低い声が耳に届く。

 えっ?

 今、ニカって。

 どうして、私の名前を?

 声の主は、とてもとても奇妙な風貌だった。

 今は夏だというのに、身体がすっぽり隠れるようなねずみ色のロングコートを羽織っている。さらに不気味なことに、青白い顔には汗ひとつかいていない。頭からワインをかぶったようなくすんだ赤毛が変に目立つ。年齢はまだ二十代後半といったところだが、どこか老成した表情をしている。

 なぜ私のところへ来てくれたの?

 かなり雰囲気は変わってるけど、ひょっとして。

 このひとが、私の、王子さま!?

「お前に頼みがある」

 頼み?

「は、はい! なんでしょう? 私にできることなら喜んで――」

 信じられない。私が誰かの役に立てる日が来るなんて!

 ねずみ色のコートの男は、紫色の目をぎらつかせながら答えた。

「オレを殺せ」

「え……?」

「お前の手で、オレを殺してくれ」

 えぇえーーーーっ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る