転生したら悪役令嬢のポメラニアンでした

サテブレ

犬も歩けば棒に当たる

子供のころは、命が尽きたら善人は天国、悪人は地獄、そうなるものだと思っていた。なら、私はどっちだったのだろうか。善人と呼ばれるほど徳を積んだ訳でもなく、悪人と呼ばれるほどの罪も犯していない。ただ、何となく善人寄りかなと勝手に自負してのだが、神様はそうは思っていなかったみたいだ。


───なぜなら私の命が尽きた後、次に目を覚ましたのは生前プレイしたことのあるゲームの世界だったのだから


太陽からの日差しが気持ちいいとある日、芝生が敷き詰めれらた王城の庭園には人々が集まり賑わいを見せていた。

今日は第三王子が主催する社交会がある日だ。社交会ということになっているが、貴族や王族の中から愛犬家を集めて、さまざまな催しをする。どちらかというとドッグフェスと呼んだ方がいいかもしれない。庭園では参加者が自慢のワンちゃんを連れて談笑を楽しんでいる。

その中の一人、くりっと癖のついた髪がチャームポイントの貴族の女性。彼女の名はメアリー・セイント、私のご主人でこのゲームでは、いわゆる悪役令嬢のポジションを務める悲しき定の女性だ。顔は貴族らしく整っているのだが、高飛車で傲慢な性格が災いして、基本的にどのルートでも破滅している。

他人事のように語る私は何なんだって?私は、その悪役令嬢メアリー・セイントのポメラニアンに転生した元人間の一般犬です。

設定だと、このゲームの攻略キャラでドッグフェスの主催者でもある第三王子。彼にお近づきになる、口実作りのためだけに飼われた犬だ。そんな理由で飼い出したのだから、メアリーも私に大した愛着がないのだろう。何の捻りもないポメなんて名前をつけられている。

とはいえ、今のメアリーは私のご主人様だ。力になりたいと思うのが犬心というもの。目的の第三王子と上手くいくように一肌脱いでやりますか。

そう意気込んでドックフェスに来たものの第三王子の人気は凄まじく、フェスが始まってからひっきりなしに来賓客の対応をしている。その中には、このゲームの主人公アイナ・スメラギもいた。愛犬のナナを抱えながら、大袈裟にお辞儀をして、招かれたことへの感謝の意を伝えている。

───ゲームだと、途中でナナがどこかにいっちゃって会話が途切れるのよね。あ、やっぱり


ナナはアイナが田舎から連れてきた、元気なチワワ。貴族社会の生活で唯一の友達だけど、たまにいうことを聞かずにアイナを困らせる。

大変そうだなと他犬事のようにその様子を眺めていると、王子の隣で行儀よく座っているゴールデンレトリーバーと目が合った。確か名前はルーク、その視線は情熱的というか妙にねっとりとしている。

第三王子もそのことに気がついたのだろう。取り巻き達との話を切り上げ、ルークを連れてこちらに歩み寄ってきた。

いつもの社交界と違いメアリーが椅子に座り大人しくしていたのは、いずれ第三王子からこっちに話しかけにくる自信があったからだろう。


「メアリー、よく来てくれたね」

「これは第三王子、今日はお招き頂き感謝しますわ」


そういえばこの二人は面識があるのだった。ゲームではメアリー視点で話が進むことがなかったから、すっかり忘れていた。確か親同士の仲がよく、このまま政略に問題がなければ結婚も見据えているとか。メアリーも淑女らしく大人しくしていれば、ゲームで迎えたような破滅エンドが訪れることはなかったでしょうに。

歩み寄ってきた第三王子は、王族というだけあって、容姿や立ち振る舞いに華がある。そんな第三王子が会釈をすれば、ありもしない花弁が宙を舞うのも必然というもの。てっきりゲームの演出かと思っていた。


「さぁ、ポメちゃん。あなたの将来の旦那さんよ」

「ワン」


犬に転生して暫くは、ワンと鳴くことしかできないことを嘆いたものだが、それも時が経つと共に慣れてしまった自分がいる。それより、ルークが私の旦那になるとは初耳だ。親に勝手に婚約を決められた気分を、犬になって味わうとは思ってもみなかった。

それよりルークとは、膝の上に座って丁度目線が合う程度には体格差がある。さすが大型犬の代名詞、とても同じ種の生物とは思えない。さながら巨人を相手にしている人間の気持ちだ。

怯える気持ちなどメアリーに伝わるはずもなく、膝から降りてルークと遊ぶように促してくる。


「ポメちゃんどうしたの?」

「くぅーん(今はダメよ、メアリー。ここは待ちの時間、私の記憶が正しければ、このドッグフェスイベントで破滅フラグを踏まないためのターニングポイント、それが今!)」


ゲームをしている時は画面外で発生した出来事だったので、何があったかは分からないけど、この場面は主人公のあいながルークに追いかけれらている私を、助けるかどうかの選択肢があったはず。もし選ばられてしまったら、第三王子との好感度が上がってしまう。それを防ぐ方法は至極簡単、追いかけられることをしなければいい。

言葉にしたら簡単だが、怯えにより吠えたくなる犬の本能を抑えつけるのは骨が折れる。それでも頑張ってそっけない態度を取り続けたおかげが、ルークの視線が私から外れた。どうやら別の犬に興味が移ったようだ。これでイベントのフラグは回避したに違いない。


「わん」

「おや、この可愛い子犬ちゃんは確か」


───げ、あの子犬はナナ!?どうしてフラグは回避したはずなのに

第三王子の足元には、今頃アイナが探し回っているであろうナナの姿があった。すり寄る姿は可愛いを通り越して、あざとくも見える。さっきまで私を食い入るように見ていたルークも、その姿に魅力されたのか、目の色を変えてナナに尻尾を振っていた。

───いやいや、別にいいですよ。所詮は犬なんですから、簡単に気移りされたからって傷ついたりしませんもの


とはいってもこのままではまずい。案の定、ナナを探していたアイナも現れてしまい、破滅フラグが発生した時と同じ状況が完成してしまった。第三王子も目の前のメアリーに目もくれず、ナナを可愛がりながらアイナと談笑を楽しんでいる。

───だめ、このままでは…メアリーが余計な事をする前に、この犬バカ王子の興味を引かなければ。でも、一体どうしたら

「きゃん♡」


第三王子に抱かれているナナが一瞬こっちを見た気がした。その視線は勝ち誇っているような気さえする。まさかこの状況になるように、ナナが誘導したのかもしれない。

───プレイしている時もやたらと名アシストが多かったけど、天然の可愛さじゃなくて全て計算して…なんて腹黒犬なの!このあばずれ!


とはいえ、いくら恨み節を唱えても打開策は一向に思いつかない。半ば諦めかけていた頃あることに気がついた。予想に反してメアリーが大人しいのだ。気になってそっと顔を覗き込んでみると、メアリーは気まずそうな表情は浮かべてそのまま固まっていた。てっきり第三王子がアイナに気を取られたことで、癇癪を起こすと思っていたのだが思い違いのようだ。


「ワォン(そこのポメラニアン)」

───え、私?

「ワォンワォン(そうだ。私はお前との婚約を破棄して、このナナ殿を娶ることにした)」


転生してから今日まで、他所の犬様と出会ったことがなかったから知らなかったが、どうやら犬同士は会話ができるみたいだ。生まれて初めての会話で婚約破棄された犬は、世界広しといえど私だけではないだろうか。反射的にどうぞどうぞと答えそうになったが、ルークのナニを見て絶句してしまった。

天を穿つほどイキリたつナニをぶら下げて、5倍は体格差があろうナナに襲い掛かろうとしている。おそらく、メアリーが気まずい表情を浮かべていたのはこれが原因だ。

天元突破したナニを振り回して、文字通りナナの尻を追いかけていくルークは会場を荒らしに荒らし、ドッグフェスを台無しにしていく。軽食が並べられてたテーブルを薙ぎ倒し、ドッグランのコースへ乱入して走っていた他の犬を突き飛ばす。

もちろん、追いかけられているナナは必死の全力疾走をしている。あの暴虐の権化であるナニを前にしては仕方ない。でも第三王子に色目を使われた手前、特に可哀想とは思えなかった。

───もしかしてゲームと同じルートに入っていたら、この地獄を私が味わっていたってこと?いくらプレイヤー視点だと画面外で起こるからって無茶苦茶よ


仮にあんなにデカイナニに捕まったら、私なんてDIEしてしまう。思えば本編のゲームだとこのイベントのあと、私ことポメの出番は全く無くなってしまった。きっとあのナニにDIEされてDIEしてしまったのだ。

それを考えると、追いかけられているナナにも少しだけ同情の念が生まれる。自業自得だとは思うが、DIEするほどのことはしていない。

───仕方ない。今回だけよ


メアリーの膝上から降りた私は、今まさにナナを捉えたルーク目掛けて駆けた。助走は十分、一縷の風になるほどに加速した私は、渾身の力を込めて地面を蹴り飛ばす。これはセイント家直伝の奥義、メアリーが練習しているのを見様見真似で再現した技、


その名も『セイント流天脚落瀑蹴』


これを食らって生き残った奴はいるとかいないとか、まぁ小型犬の私が使うのだから問題ないだろう。性欲に支配されたルークが避けられるはずもなく、神速の飛び蹴りがルークの横面にめりこんだ。きゃうーん、と情けない声をあげてルークは彼方へ飛んでいく、手加減はしたから大丈夫なはず。とはいえ、こうなっては第三王子との婚姻も本編どうりに破棄されてしまうだろう。

───メアリーを破滅フラグから救いたいのに何をやっているんだ私は…


でもあそこでナナを見捨てることは、私の矜持が許さなかったのだから仕方がない。若干の後悔はあれど、これでメアリーが破滅すると決まったわけでもない。今回は犬の私でも、フラグを回避することが可能と分かっただけでもいいじゃないか。まだまだ破滅を回避できる可能性は沢山ある。

気を取り直して次はもっと頑張ろう。そう思った私なのだった。


数日後、


「あ、メアリー様」

「ちょっと、気安く呼ばないで」


屈託のない笑顔で話しかけてきたアイナは、大きく手を振りながらこちらに近づいてくる。腕にはナナが抱き抱えられている。ナナは近づいてきてもこちらを一瞥もしない。相変わらず生意気な犬だ。

あのドッグフェスでの事件以降、メアリーは何故かアイナに好かれてしまった。ナナを救ってくれた恩人だと思われているみたいだ。そこの腹黒犬を救ったのは私だけどな。まぁ些細なことなので、寛大な私は心の中に仕舞っておくことにした。

あの後、気絶しているルークは第三王子の付き人により、会場から連れ出されていた。流石に処分とかはされてないと思うけど、何かしらの罰は下されたはずだ。風の噂では、MySONだけDIEされたとか、本当にそうだったら次会った時は優しくしてやろう。


「はぁ、もう行かないと…楽しい時間はあっという間だわ」

「私(わたくし)は全然楽しくないのだけど」


散々なイベントだったけど、何だかんだでメアリーもアイナに懐かれることは満更でもなさそうだ。ゲームでは見ることが叶わなかった光景に内心ほっこりとしてしまう。このまま誰も不幸にならない、平和な未来も夢ではないと願ってしまう。


「わん(悪役の飼い犬のくせに調子に乗るなよ)」

───い、今の犬語は!?


この場にいる犬は自分以外にもう一匹しかいない。楽しく談笑をしている二人を見上げると、アイナの腕から声の主がこちらを見下していた。


「わん(お嬢が幸せになるのを邪魔してみい。あてが貴様のタマ取ったるからな)」


ナナも犬語を話せるのかと驚いたが、考えてみれば当たり前か犬なのだから。それよりもこの犬、恩知らずにも程がある。感謝されるならまだしも、何故命を狙われなければならないのか。

先ほど胸に抱いた淡い期待は、文字通り夢へと消えた。私のこれからの犬生活はどうなってしまうのだろうか。

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