第285話 カブの割り当て


「セシル!ちょうど良かったぜ……あのな」


「うん、話聞いてた」



 そう答えたセシルは安心したような顔をしていた。


 一方、ターニャはセシルの姿を見てしばらく逡巡しゅんじゅんしたのち、意を決したように駆け出していった。


 顔の高さをターニャに合わせるように、セシルはしゃがんで手を広げる。


 そしてその手は自分の元へ走ってきたターニャをしっかりと受け止めた。


 セシルは小声で「さっきはごめんね……」とつぶやき、ターニャの方は顔こそ見えないが、後姿からセシルに体を預けてほっとしている様子が想像できた。



 しばらく二人のその姿を見ていて無言状態の俺達だったが、社宅の中から騒がしい男が飛び出てきた。



「うおー!なんだなんだ!?やたら人間がいっぱいいるじゃねーかよ、何があった!?」



 ガスパルだ。


 奴もサラも朝刊の配達を終えた後で仮眠するのが習慣になっているようで、たった今それから醒めた所のようだ。



「おはようガスパル。ちょうどいい。ピエールとチャップスの二人も来てるから打ち合わせしよう」


「うおっ!?本当だ……ここに部外者が来るのって初めてじゃねーか!?」


「一応関係者ではありますがね」とピエール。


「それより早くカブ見せてよカイト」



「ふっ、そうだったな。おーいミルコ。セローに荷車付けてガスパルとサラを乗せてくれ。俺はボルトを乗せて、皆で家に行くぞ。で、荷車に乗った人間は新車のカブに乗ってまたここに戻ってこよう」


「はい!」


 ミルコは嬉しそうに笑ってセローを取りに行った。


「あっ!そうだよカイト。カブ手に入ったんだよな!?」


 俺はニヤリと笑ってガスパルに答える。


「ああ、カブと同型のやつだ。それの色違い版だな」


「うわー。早く見てえー!!」



 ここでターニャがセシルを見送る声がした。


「セシル、行ってらっしゃい!」

「うん。行ってくるねターニャ」


 二人もいい感じで和解したようで良かったぜ。

 俺は一応セシルに聞いておいた。


「今回は安全な旅だ。お前も安心してくれていいぞセシル」


 セシルは少し間をおいてから答えた。


「そうみたいだね。ごめんね、つい心配になって言い過ぎちゃって……」

「ははは。そんなの気にすんな。心配してくれる人間がいるってのはありがてー話だぜ!」

「うん、物資の輸送……ターニャ達と頑張ってね」

「おう、まだ数日後だけどな。行ってらっしゃい!」



 笑顔を見せながら本部からヤマッハギルドへ出勤していくセシル。


 ピエールとセシルは軽く礼をしていたが、チャップスはセシルに一切関心がないかのようにはじっとカブを見つめるのみだった。



 それからしばらくして、自宅へ出発する準備が整った。


「よーし行くぞー!!」




 ――ドゥルルルルッ。パルルルルッ……。



 しばらくすると俺達は自宅に到着した。


「うおー!!これが新車か!?」


 ガスパルが庭に止めてある5台の新車のカブを見て興奮しながら叫んだ。


「へぇー、本当にカブ君と同じ見た目っすね!でも全部色が違うんだ……」


 今度はミルコだ。


「おう、その方が都合いいだろ?」


 あの喋るカブは白で新車は青、水色、黄色、緑、ベージュ、とそれぞれ区別できるように納車したつもりだ。


「これなら例えば『青カブに乗れ』って伝えたら一発で分かるけど同色だと区別しにくい。同じ車体だしなおさら」


「たしかにそっすね!」


「さーて、じゃあ荷車組は好きな色のカブに乗ってくれ!ガソリンは入れてあるから」


「うおっしゃー!任せろ」

「ういっす!へへっ」

「はーい」



 ここで青カブに乗ろうとしたボルトが釘をさしてきた。


「あれ?でもこれって……カブ君は自走できるとして一台カブが余るんじゃないっすか?」


 そこは大丈夫だぜ!


「ついさっきターニャがカブに乗れることが分かってな。そうだろターニャ?」


「うん!乗れるよー」


 笑顔でそう答えながらターニャは緑カブのハンドルに手を伸ばす。渋い色選んだな!


「カイトさん。僕は後ろの方からついて行きます!ピエールさん達に自走できることがバレたくないですし」


「お、それもそうだなカブ。じゃあ俺の後からついてきてくれ」


「分かりましたー!」



 ――ドゥルルルン!ギャッドゥルルルルルルルルドゥルルルルル……ギャギヤッドゥルルッ、ドゥルルルン……。


 全部で7台のバイクが一斉にアイドリング音を掻き鳴らす!やっぱり1台や2台と違って迫力が段違いだな。

 しかしそのうち6台はカブなので音も意外と静かだった。



 ――ジャジャジャリッ。ジャリッ!



 山道の砂利を踏み鳴らす音を響かせながら、俺達は再び本部へと下っていく。


 ちなみに俺は緑カブに乗るターニャの後ろからベージュカブに乗って付いてきている。

 その後ろにあのカブがいる、という並びだ。



「カブだ!!おおーっ素晴らしいっ!!」


 本部に着くと、早速ピエールが歓声をあげながらこちらに向かってきた。

 自走しているカブには目もくれない様子だ。


「じゃあ僕は冬眠しまーす!」


 ピエールとチャップスの二人を前にしたカブはそう言ってタブレットをOFFにしてサイドスタンドを下ろした。


 とりあえず俺はベージュカブを運転して中庭に停め、Uターンしてカブに乗り換えた。


 あの二人がいると結構面倒くせーな。


 ターニャも器用に緑カブからおりてしっかりサイドスタンドを立てていた。

 うん、いいぞー!



「私、この黄色のカブ気に入りました!」


 滅多に声を上げない控えめなサラが嬉しそうにそんなセリフを言って、俺は少し驚いた。


「じゃあ黄カブのカブ主はサラな」


「あっ!同じく僕もこの青カブ気にいっちゃってー。えっへっへっ。いやーマジ乗りやすいっす!カブ90より剛性っていうか、安定感あるっす」


「じゃ、ボルトは青カブな」


「俺もこの水色カブでもっと走りたくなったぜ!やっぱ普段のカブ90よりパワーあるわこれ」


「じゃあ水色カブはガスパルな」



 そう言ってそれぞれのカブを割り当てて行くと、残るはベージュカブとターニャの乗ってきた緑カブだ。


「ターニャはどうだ?」


 俺が尋ねると、ターニャはニッコリしてこう言った。


「ターニャもこのカブ好きー。……だけどおじのカブが一番好きー!」



 おお、嬉しいこと言ってくれるな。沈黙してるカブもさぞかし喜んでいるだろう。ふふ。


「よし、じゃあ国に贈与するのはこの緑カブだ!これな、うん」


 そう言って俺はピエールとチャップスの前に緑カブを押していく。



 ピエールは少年のように目を輝かせ、チャップスは最高にうまい料理を食べる直前のように舌なめずりをしていた。

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