第283話 ターニャの暴走


 朝になり、俺は一階の寝室で目を覚ました。


「さーて、今日からやること多いぜ……ふぁっ」


 軽くあくびをして体を伸ばすと、いい感じに気持ちよくなった。今日もがんばるかー。



「ん……おはようカイト」


 隣で寝ていたセシルも目を覚ます。


「おはよう」


 そう答えて、俺はセシルを抱き寄せた。


 しばらくそうやってくっいて、近くにセシルの体温を感じながら無言でまどろんでいると、やがて頭が冴えてきて、同時にムラムラと情欲が湧いてきた。


 うおおおおー。



 ……っと、今はターニャがいるから抑えねーとな。


 ターニャはちょうど俺とセシルの間で丸くなってスヤスヤと眠っている。

 ははっ、そうだ。寝てろ寝てろ。



 ――スッ。


 セシルの両手が俺の顔を包むように伸びてきた。横を向くと、セシルの顔が間近にある。吸い付くように唇を合わせる。


 ちゅっ。



 ……アカン。だから、興奮するっつーの!


 俺はしばらくもだえながらもその状態でいたが、堪えきれなくなりセシルと離れ、下半身を抑えてのそのそとトイレへと駆け込むのだった。


 いや、もちろん普通に用を足すだけだぞ?




 ――チーン。


 トースターの音がした。

 輪切りのバケットが焼き上がり、俺はそれをターニャとセシルの皿に乗せ最後に自分のバケットを拾ってバターを塗った。



「いただきまーす」


 いつものように3人で食べる朝食。セシルが俺を見て質問した。



「カブ、本当に5台も増えたんだね。カイトの仕事も一気に増えるんじゃない?」


「ああ、バイクは増えた。でも仕事を増やそうとすると圧倒的に人が足らねえな。仕事も安定してるのは新聞配達とかバダガリ農園ぐらいだしな」


「そっか。でもカイトってあんまりお金に困ってないよね?」


「そ、それはあれだ。貿易輸送や今から始める戦争の支援物資輸送みたいな、国に関連する仕事の収入がとにかくめちゃくちゃデケエからさ」



 セシルはその言葉に、一瞬で顔を強張らせた。


「せ、戦争!?支援物資の輸送?……なにそれ??」


「あー、そうか。つい一昨日決まったことだから知らねーか」



 俺はセシルに先のピエールとの会話内容を話した。


「ええ……そ、それは大丈夫なのカイト?要塞を作るのはともかく、救援物資の届け先は争いの只中ただなかのニシナリア区国なんじゃないの!?」


「その辺はまた詳しく聞いてくる」


「……」


 セシルは若干恨めしさすら感じさせる程に眉をひそめながら、俺を睨んでいた。あれ?なんか怖えぞ……。



「なんだ、俺が心配か?」


「当たり前でしょ!」


「でももう行くってピエール達に返事しちまったぞ……」


「……ずるい。そんなの」


 そう言って唇を噛みしめるセシル。ええー!?


 ちょっとびっくりだ。こんなにセシルに反対されるとは思わなかったぞ……。



 ここで、それまで飯の方に集中して会話に参加していなかったターニャが、セシルにただならぬ気配を感じて口を挟んだ。


「ターニャもいるよー!だからあんし……ん……?」


 ターニャの話を聞きながらセシルはニッコリと笑った。それはセシルにしては珍しい、あからさまなの顔だった。


 その顔に真っ先に違和感を感じたターニャは声を詰まらせる。



「ターニャは行っちゃダメよ。昼間は本部で皆といなさいね?」



 それをきいたターニャはセシルの思いがけない言葉に口をあんぐりと開けて、困惑顔で猛抗議する。


「えー!?なんで??ターニャもおじといっしょに行くよー!!おじのこと手伝うー!!」


「絶対にだめ!カイトはともかく子供のターニャが戦場に行くなんて、そんな危険なこと……絶対許さない」


「ぅうっ、すっ……ぐすっ……ううーっ!あっ、ああーーーーん!!わあぁあぁあーーーーん!!」


 顔をしわくちゃにして泣き叫ぶターニャ。険しい顔をしたセシルはただターニャを見つめるだけだった。


「いやだーっ!ターニャもおじといっしょに行くのーーーー!カブでっ!!」


 そう言ってターニャは玄関へと駆け出していく!お、おい!?



 セシルをチラ見するとセシルまで泣きそうな表情になっていた。本気で叱るなんて慣れないことしたからだろう。



「ちょっとターニャアイツ見てくるわ」


「……うん。ぐすっ……」


 俺は思わず苦笑いを浮かべてセシルの背中を軽くさすって玄関の方を向くと――。



「あ、ターニャちゃんどうしたんですか、そんな顔を赤くして?あ、さては食べ過ぎですね!?よく噛んで食べましょう!」



 カブの奴、まるで頓珍漢とんちんかんなこと言ってやがる……。やれやれ。


「あれ?何してるんですかターニャちゃん?えっ……!?」


 再びカブがよく分からないことを言っているのが聞こえた。

 どうせターニャがセシルに抗議するつもりでリアボックスにでも入ってるんだろう。


 俺はそんなふうにのんびり構えていたのだが、次の音を聞いて態度を改めざるを得なくなった。



 ――ドゥルルルン!!


「え……!?」


 ――ドゥルルルルー……。


 ええええ!?


 まさか、アイツ、カブに乗ってる……!?



「おいっ、ターニャ!!待てっ!」



 ――ダダッ。


 俺が玄関に行くとすでにターニャもカブも姿がなかった。そしてカブのエンジン音は段々と遠ざかっていった!!


 ひえええ……こりゃあちょっと、やべえぞ!?



 ――ダダッ。


 慌てて外に飛び出すと、器用にカブのステップに乗って本部の方へ山道を下っていくターニャの姿がチラッとだけ見えた。


「うおおおおお!待てーー。ターニャーー!!」


 なんてこった……。


 アイツ、一人でカブに乗れんじゃねーか!!ハンドルのグリップにも手が届かないと思ってたのに……甘かったぜ。くそっ。



 俺は無我夢中で走って二人を追いかけた。

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