第282話 栗ご飯とサンマ
――ドゥルルルルーッ。
家を出てから約1時間後、俺は用事を済ませカブで帰宅しているところだった。
峠道に差し掛かるとカブが顔を出して喋り始めた。
「いやーやっぱりアスファルトは走りやすいですー!!」
舗装された日本の道路の感触に感激しているようだ。
カブはスズッキーニにいるときよりも徹底して人前では黙ってくれていたので、俺は安心することができた。
「しっかし今回、会社行って正式に辞めるって言えて胸のつかえがとれたわ。俺なんかこういうのキッチリしとかねーとムズムズするんだよな」
「そういうとこまじめですよねカイトさんは」
「まあな、多少怒られたけど、いきなり蒸発した俺が100%悪いわな」
「追求されませんでした?会社の人に」
「一応形式的に何があったかは聞かれたな。適当に、ちょっと勝手な都合で旅に出てた――って言って誤魔化した。それ以上聞いてこなかったからいいんじゃね?」
「そうですかー。でも、これで晴れて無職ですねカイトさん!」
「はっはっは。こんな忙しい無職があってたまるか!?」
「たしかに。あはははっ!」
――ドゥルルルルー。
山に囲まれた峠道を俺とカブは楽しそうに駆けてゆく。
途中でターニャと約束したブランド栗の『丹波栗』と季節物のサンマをしっかりスーパーで購入して帰宅すると、もう夕方になっていた。
――ガラガラ。
「ただいまー」
玄関の戸を引き挨拶すると、ターニャが一目散に駆けつけてきた。
「おじ、カブ!おかえりーー!!」
「おうっ。ちゃんと留守番できたな!えらいぞ」
かがんで頭をなでなでしてやるとターニャはしばらく俺にしがみついて離れなかった。
よっぽど寂しかったと見える。
ターニャは数十秒後、やっと俺から離れて安心したような笑顔を見せた。
「栗も買ってきたぞ。ほら」
「え……?なんか、小さくて丸い。芋とちがうよ?おじ」
「ああ、でも味や食感は芋に似てるぞ。楽しみだろ?」
「うん!」
ターニャは栗を両手で
玄関から外を伺うと、そろそろ夕方に差し掛かったのか、外はオレンジ色を帯び始める。
今回の日本転移を振り返ってみると、正直大成功だと言っていいだろう。
日本で正式に会社を退職しスッキリしたし、カブも手に入れて日本円も300万円以上ゲットできた。もう上出来よ。
「カイトさん。他にやり残した事はないですか?」
「……うん。大丈夫だ。転移させるものは全部家の中に入れたし、あとはカブ、お前に転移してもらうだけだ」
「分かりましたー!じゃあいきますよ!」
――ヒュッ。
……。
…………。
「はい!お疲れ様でした。スズッキーニ到着です」
「全く疲れてねえぞ」
「かえってきたー!ういーー!」
外は日本と同じように夕焼け色に染まっている。
俺は早速家の通路に置かれたままのカブ5台を外に運び出した。
ズラッと並んだ新車のカブを見ていると、頼もしさと共に美しさすら感じる。
「ふっ。一気にカブが増えちまったな。いい眺めだ。ははっ」
「カイトさん。早速このカブ達を本部の倉庫に運びますか?」
俺は少し考えて答えた。
「うーん。今日はもう遅いし元々休みの予定で皆にも伝えてあるし、明日の朝にしよう。今から……そうだな、夕飯の準備をするぞ!」
ここで俺はターニャを呼んだ。
「ターニャ。飯の準備だ。今夜は栗ご飯と焼き魚だぜ!!」
「くり!?ご飯に入れるの?硬いよー?」
「そのまま入れるんじゃないぞ。皮も薄皮も剥いてご飯に混ぜて炊くんだ!」
「うまい?」
「美味すぎるぞ!」
「うふっ。おじ、はやく皮むこー!」
「よし、台所に持っていこう」
俺とターニャはノリノリで栗を剥いた。そして米を研いで剥いた栗を放り込み炊飯スイッチを押した。
さーて、あとはセシルが帰ってくるまでにコンロと炭の用意をしとくか。サンマを焼こう!
「ターニャ。今晩は栗ご飯とサンマの塩焼きだ!秋は1回は食っときたいメニューだぜ」
「作ろーおじ!」
「うむ、ターニャはまず大根をすりおろしてくれ」
「分かったー」
そう言って台所へ駆け出していくターニャ。
一方俺は外に出てバーベキュー用のコンロを組み立て、いつでも火を付けられるようにしておく。
……よしっ。網をかけてコンロが完成!
もうすでに辺りは暗くなっている。セシルももうじき帰ってくるだろう。
次はサンマの下ごしらえだ。気合い入れるぞ!!
「おじー大根おろせたよー」
家の中からターニャの声だ。今行くぞ。シャッ!
俺は台所に来るとターニャに宣言した。
「今回はガチなサンマを作る!めっちゃ美味いやつな」
「手伝う手伝うー!!」
ターニャも気合十分のようだな。
早速俺とターニャは包丁を手にして、元々少ないサンマの
――スーーッ、スーーッ、スーーッ、スーーッ……。
よし。今日は舌触りまで完璧なサンマを目指すぜ!
「出来たか?……うん、上手いぞ!」
「次はー?」
「サンマを水につけて汚れを
「ういーー!できたよ」
「おっけー。じゃあお次は水分を落とす!クッキングペーパーに包んでしばらく待ってから塩を振りかけるんだ!それで水分と共に臭みを落とす」
「なるほど……」
「よし、水分を吸い取らせてる間に酒を用意しろターニャ!」
「さけ!うん。料理酒があった……これ!」
酒を少し入れた水に漬けることで、サンマにふわっとした食感をが生まれる!
最初の一口って大事だよなぁ?
……。
酒に漬けたサンマをペーパーで乾かして包丁で切り目を入れ、上から塩を容赦なく多めに振りかける!
「パラパラー」
そして最後にその塩をすり込むことで焼いたときに皮がパリッとしてくるのだ!
「すりすりー」
よーしいいぞターニャ。これで後は焼くだけだ。
――ピーッ。
おっと。栗ご飯が炊けたな、ちょっと味見しよう。
「ターニャ。お前もこの栗ご飯ちょっと味見してみ?」
「おおおおー食べる食べる!もぐ……」
ターニャは栗ご飯を一口だけ口に含んで良く噛んで味わい感想を述べた。
「これは……」
これは?
「これは不思議な芋!!すごい……芋のようで芋じゃない。不思議!でもおいしい……」
ターニャは即おかわりに走ろうとしたが、「あ、セシルが帰ってから……」と思いとどまってくれた。よしよし。
「ただいまー」
おお!ちょうどそのセシルが帰ってきたじゃねーか。ちょうど良いぜ!
「おかえりセシル。今日は栗ご飯とサンマの塩焼きだぜ」
「えっ、凄い!……カイト、ターニャ。ありがとう」
「今日は外でごはんだよセシル!」
「うん。楽しみだね」
炊飯器と今下ごしらえを済ませたサンマを外に持ち出し、夕食は始まった。
――ドゥルルルルルン!
「暗いので僕が照明になります!」
そう言ってカブはヘッドライトと補助灯で辺りを照らしてくれた。サンキューカブ。
サンマの焼けるいい匂いが
至高の夕食を堪能し、俺達の夜はゆっくりと更けていくのだった。
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