第220話 真相


 ガチャ……。


 俺はゆっくりドアを開けて中に入ると、以前とほとんど変わらない姿のイヴが椅子に座っていた。


「カイトさん!」


 イヴは俺の姿を確認すると、席を立ってこちらに歩いてきた。

 表情は普通に明るい……なんだ、元気そうじゃねーか?


「もー、どうしたんですかぁ今日は?定期便の日でもないのに」


 嬉しそうに俺の顔を見上げるイヴ。

 相変わらず色気があるな。そして距離も異様に近い。

 ここで自分がイヴの胸元を凝視しているのに気付いて、俺はサッと目をそらした。



「お前……バダガリとはどうなんだ?なんかあいつ心配してたぞ。ずっと部屋に籠もってるって」


 そう聞くと、イヴは口を手で抑えて「え、そうなんですか??」と驚き、苦笑しながら付け加えた。


「ちょっとあの人を驚かせようとしてました」


「え?」

「あれです。見てください!」


 イヴが指差す机を見ると、何やら服のような布が置いてあった。


「これ、完全に私が一から作った彼の作業ズボンなんです」


 それはどうやらバダガリの服のようだ。


「あの人、なんかいつも服が破れたり千切ちぎれたりしてたので、もっと頑丈な作業用の衣服があればなーと思って」


「ひ、一人で一から作ってたのか!?すげえな……」


 俺はイヴに手渡されたそのズボンを少し上にかかげて眺めると、ものすごく耐久性のありそうな作業着だった。

 そして、それと同時にフランクの言っていた「針と糸」ってのも合点がてんがいった。


「イヴ。その服のことでキルケーに行ったりしたか?」


 イヴは笑顔をはじけさせ、首を縦に何回か振った。


「そうですそうです!!私、頑張ったんですよ。キルケーで服の生地きじ素材を研究している方がいて、協力してもらって壊れにくい服を作ったんです!見てください……」


 イヴは自分の自信作を誇るように俺に解説した。


「生地の丈夫さはもちろんですが、ポケットの端にも細工をして簡単に剥がれないようになってます」


「ほう、リベット加工まで施してあるとは……凄えな!!」


 俺は素直に感心した。現代で売られているジーパンとそこまで遜色ない出来だ……。


「なあ、これ、ちょっと履いてみていいか?」


 そう聞くとイヴは喜んだ。


「カイトさん。是非お願いします!バダガリあの人を驚かせようとして作ったので誰か男の人に試着して貰いたかったので」

「はは、今日来てちょうど良かったみてえだな!」



「……よっと」


 俺はそのサイズのかなり大きめのズボンを履いてベルトを締めた。

 そしてアイツのしそうな動きを真似て、屈伸やら柔軟みたいな動きを一通りやってみて、呼吸を落ち着かせて改めて思った。


 ……うん。これは良いな!


「めっちゃ良いと思うぞ!イヴ。耐久性とかは今の時点じゃ分からんが、少なくとも頑丈すぎて動きづらいとか、肌触りが良くないとか、そういうのは感じねえ。いや、マジで良いわこれ!はっはっ」


「ほ、本当ですかカイトさん!」

 イヴは満面の笑みを浮かべ、両手でポーズを取って喜んだ。


 ちょっと提案してみようか。



「なあイヴ。お前自分のを作ってみるのはどうだ?」



「えっ!?」

 イヴは驚きの声を上げた。


「この品質なら普通に欲しい奴は多いと思うぞ。特に労働者」


 イヴはちょっと考えるように顎に手を当てた。


「そ、それって自分のお店を持つってことですかぁ?うーん、どうなんでしょう?出来るならやってみたいですけど……」


 俺もイヴのように考えるポーズを取りながら答える。


「まあ、これを製品として量産出来る体制が出来てからだとは思うけどな。それとな、ヤマッハで商売するなら一つ大事なことを言っておくぜ。ふっ……」


 俺はその時、含み笑いをしているような顔つきだったと思う。


「な、なんですかー?」


 イヴも笑みを浮かべつつ、ちょっと警戒したような表情だった。


「ある人物と仲良くしておく事だ!」


「え、誰と……!?」


 ちょっと一呼吸置いてから俺は笑顔でこう言った。



「ヤマッハギルドの……セシル」



 その名前を聞いたイヴは一瞬ピクッとして、「……あ、あはは……」と苦笑いのままつぶやいた。


「まあ、以前あんな事(92話)があったからな。それ以来全くお互い合うこともなく今に至ってるだろ?」


「……」


 イヴは俯いて無言になり、俺は続けた。


「でもヤマッハで商売するなら、アイツと敵対してると、多分色々と不都合な事が多いと思うぜ?事務手続きとか色々と……」


 しかし、その後のイヴの発言は俺にとって意外なものだった。



「カイトさん。正直言って私、今はあの人の事憎んでませんよ?」



 イヴは特に無理をしている様子もなく、普通に言っているようにみえる。驚きだ……。


「ほ、本当かよ!?」

「はい、むしろ今はあの時の事を謝りたいぐらいなんです。というか冷静に考えたら私が悪いんです。旦那さんを奪おうとしたわけですから……」


 まっすぐ俺の目を見てそう話すイヴ。おお……。


 俺は成長したイヴのことを微笑ましく思う反面、イヴに俺への執心しゅうしんがなくなったことにほんのわずかだけ……本当にわずかだけ寂しく思ってしまった。


 俺の馬鹿!!



「でも、それはそれとしてぇ――カイトさんは好きですよ。人として」


「え……」


 俺の心の隙を突くかのように、イヴは俺の間近に寄って俺の胴に手を回してきた。

 うおおっ!?


「カイトさんは私を地獄から救ってくれた人なので」

「お、おう。そうか……」


 すぐにイヴは俺から離れてハッキリと宣言した。


「カイトさん。私、今はもう大丈夫です。目標が見つかりましたから」


 そんな自立心の芽生えたイヴに、俺は頼もしさを覚え微笑んだ。


「商売。やりたきゃ定期便の配達員にいつでも言えよー」

「はい!ありがとうございました。お元気で!」


 そして帰り際の挨拶をすませた後、家の外に出た。




 家の外ではバダガリとボルトが何やら話していて、ボルトが俺に気付いて振り返った。


「あっ。カイトさんだ。おかえりなさーい」

「うおおお!ど、どうだったイヴは!?何してた!?」


 バダガリに異様な暑苦しさを覚えた俺は、とりあえずバダガリの尻に蹴りをかました。


「この幸せモンが!!」


 ――バシッ!


「いてっ!ええっ……な、何だよ!?」

「とりあえず全く心配いらん。数日でイヴの方から答え合わせしにくるハズだ」

「えーー!?そ、そうなのか……まあカイトさんが言うならそうなんだろうな。ふうー、ちょっと安心したぜーっ!!」


「ふっ。あと、俺はあんまりここに来れねえけど、なんかあったら配送員に言伝ことづてを頼むな」

「分かったー!またなー二人共!!」

「お疲れでっすバダガリさん。じゃあまたー!」



 ……そんな感じでバダガリと別れ、俺とボルトはメイト村へと向かった。


 俺はその時、ここに来て良かったと思うのだった。

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