第219話 イヴはどうしたんだ?


 ――ドゥルルルン!ドゥルルルルン!


 今、俺はカブに、ボルトはセシルの通勤用カブ90カスタムに乗って走っている。


 カブの後ろには、を載せるために荷車が取り付けてある。



 俺達がまず向かったのはメイト村でもバダガリ農園でもなく――ヤマッハの給油所だった。


「カイトさん。給油所へ行って何をするんですか?まだ村に軽油販売の話すらしてませんよ?」


 カブが不思議そうに聞いてきた。ふっ、そんな事は知ってるぜ。


「軽油タンクを買うんだよ」

「え!?」

「え?」


 カブとボルトが同時に答えた。


「本部の貯水タンクとして使ってるデカいタンクと同じ物を、メイト村にとりあえず持っていく」


 少し口を尖らせたボルトが聞いてくる。

「……それって、上手く交渉出来る材料として持って行く……みたいな?」


 お、さすがボルト。その通りだ。


「ああ、実物を見せて『このタンクに軽油を備蓄すれば冬を越しやすくなるぜ!』って説明したら村の連中も買いたくなるんじゃねーかな?」


「あ!それ。間違いないっす!へっへっ。……でも、もし断られたらタンク代勿体なくないっすか?」


 ボルトは笑いながらもしっかりリスクの事を考えているな。


「そんときゃ他の村に売り込みに行くだけよ。元々予備のタンクは本部に一つは置いとこうと思ってたからいずれにせよタンクは買っておく」


「あっ。なるほど、りょーかいっす!」


 ボルトは軽快な微笑みと共に納得した。


「やっぱりカイトさん、なんだかんだ言ってちゃんと考えてるんですね!」


 カブはなんか俺を見直したような言い方だった。ふっ、当然だろ?



 ――キキッ。


 給油所にカブを停めると、すぐさま所長が素早く駆けつけてきた。

 もう還暦を過ぎたらしいのに元気なもんだ。



「おや、カイトさん。新人さんかい?」


「どもっ!営業のボルトっす!」


 やはり軽快に挨拶するボルト。うむ、フレッシュな新人って感じでいいな。


 俺はボルトに所長を紹介した。


「ボルト、ここの所長さんだ。この給油所はウチで唯一の軽油の仕入れ先だからな」


 ボルトはニコニコしながら再び挨拶した。


「あっ、所長さんっすね!?これからも確実にお世話になるので、よろしくでーす!へへっ」


「活きのいい人が入ったねー。こちらそこよろしくねボルト君」



 ……といった挨拶のあと、俺は大タンクを4000ゲイルで購入し、再びバダガリ農園への山道を走りだした。



 ――ドゥルルルン!ガタガタッ。


 俺は今、ボルトの運転するカブ90の後ろについて走っている。

 後ろから見ている限り、ボルトの運転は山道といえどもしっかり出来ていると感じる。


「うははっ。こりゃあ楽しいやー!僕こういう道好きっすわーははっ」


 ボルトは本当に楽しそうだった。俺はカブに小声で話しかけた。


「カブに限らんと思うが、最初にバイクに乗った奴ってああいう反応が多いよな?」


 カブは自信満々に答える。


「それだけ僕らが良い乗り物だという事ですよ!はっはっは」

「ま、まあ……な」


 否定はしないが、なんか突っ込みたくなるなコイツは。



 やがて俺達はキルケーへと差し掛かった。


「ちょっとここの村のフランクって奴に挨拶しとこ。お前も来いよ」

「ういっす」


 フランクの家の前に立った俺は、ボルトを手招きで呼んでドアをノックした。


 すぐにフランクは姿を現した。


「あ。お久しぶりですね。カイトさん……あれ?今日なんかありましたっけ?」


「いや、ここの定期便とかじゃねえんだけど……新人が入ったから、バダガリ農園に行く途中で挨拶がてら寄ってみた」


「ども!ボルトっす!」


 ボルトはやはりいつものように挨拶する。……うーん、それにしてもボルトコイツって相手が誰であっても態度変わんねーよな。


 フランクとも挨拶を済ませて、最後に俺は特に期待もせずになんとなくこう聞いた。


「最近なんか変わったことねーかいフランク?」


「変わったこと……いやー、あ!ちょっと珍しい事がありましたね。意外な人が僕を訪ねてきたんですよ」


 ん?


「イヴという方で、バダガリさんの奥さんらしいんですけどねー」


 イヴが……!?俺は軽く驚いた。


「4〜5日前なんですけど、とある物が欲しいと依頼されまして……」


 俺はフランクに近寄って聞いた。


「何を!?」


です。それもめちゃくちゃ細くて頑丈な……」


 い、一体何なんだ!?


「あと、頑丈な糸も欲しいとの事でした」


 それを聞いた俺はこの時、嫌な予感がしてしまった。


 ボルトを見るとさっきまでの営業スマイルは消えていて、少し緊張感のある面持ちをしていた。


 俺はボルトと顔を見合わせて「まずいんじゃないか?」という認識を共有する。


「……社長、なんか危険な匂いを感じるんすけど……」


「俺もだ、針とかワイヤーとか……。事件の匂いしかしねーじゃねーか」



 ――ドゥルルルルン!!


 とにかく気になった俺とボルトはバダガリ農園へと急いだ。


 俺は気がきでならなかった。バダガリ……まさかとは思うがちゃんと生きてるよな!?



……。



「うおおおおおおー!カイトさんじゃねーかぁぁ!!久っさしぶりだなー。うははははは!!」


 俺の心配は消えた。


 バダガリ農園につくや否やバク転しながら登場したバダガリを見て、ボルトが口を半開きにして引いたような顔をしている。

 あ、一応コイツもこんな顔するんだな……。


 ってか今はバダガリよりイヴだ。


「お、なんだなんだ新人か!?カイトさんトコも景気が良いなー!ぶははははっ」


「すまんがバダガリよ。今日はちょっとイヴが気になって来たんだ。このボルトも後で紹介するからイヴに合わせてくんねーか?」


 バダガリは「おおっ」と手を叩くと首をひねった。


「そうそう、イヴの奴最近ずっと自分の部屋に籠ってんだよ!どうしたって聞いても内緒だって言うしよ……カイトさんなら聞いたらなんか答えるんじゃねーか!?ちょっと頼むわ」


 バカでかい声で俺に頼むと同時に、早速農場内にある自宅へと歩いていくバダガリ。


「おう、確かに気になるな。行こう」


 俺とボルトは後に続いた。



 バダガリの家は本人同様やはりデカかった。

 俺達は門から中に入り、イヴの部屋の前まで案内された。


 ――コンコン。


「おーい、イヴ?いるかー?カイトだ」


 するとしばらく反応がなかったが、やがて声が聞こえてきた。



「……え!?……カイトさん!?」


 良かった。思ったより元気そうな声だ。


「ちょっと入っていいか?」


「……カイトさんだけ入って。他の人は話を聞かれたくないから他所よそへ行って」


 ……それを聞いた俺は顎をバダガリの顔に向けると、バダガリは頭を掻きながらボルトと家の外へ出て行った。


「俺一人だ。入るぞ」

「どうぞ」

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