第177話 カブと貿易の話


「よっと」


 俺は荷車に配管として使うラッセンの木を並べていた。

 長すぎるものは対角線状に設置して、ギリギリ空いたスペースにセシルを寝かせた。


「セシル大丈夫か?」


「うん。疲れただけだからすぐに良くなると思う」


「2〜30分しっかり寝とけ。カブ!」

「はい!なるべく振動させないようにゆっくり運転します!」

「おうっ、頼むぜ」


 言わずとも理解してくれたカブに安心感を覚える。

 しっかし早朝に出発したとはいえまだ昼過ぎか。夕方には余裕を持ってヤマッハに着くな。



「おじ……」


「ん?どうしたターニャ?」


 ターニャがちょっと眠そうに話しかけてきた。


「ターニャも横になる。セシルの横でねる……」


 おー。そうか、それもいいかもな。


 実はさっき口座を作った後、レストランみたいな所で飯を食って皆ちょっと眠いようだ。もちろん俺も……。


「よっしゃ、日本に帰った時に買っといた雨除けのシートを布団代わりにひいてやろう」


 ――バサッ。


「わっ、これ凄いフカフカだね。ありがとうカイト」

「ありがとーおじ!」


 二人に絶賛されていい気分になった俺は満足しながらカブ90にまたがった。


「じゃあ行きますか、カイトさん!」


「おうっ」



 俺は作業着のポケットからカブ90のキーを取り出し、キーシリンダーに差し込もうとした。あ、逆だ……。


 カブ(ja44)はキーの差し込み口が右にあるが、カブ90HA02は左だ。


「ふっ、やっぱり違うよなー、90と110は……」



 ――シャルッ……ドゥルルルルー。


 この90はカスタムなのでセルは付いているが、何となくキックスタートがしたくなった。


「僕が言うのもなんですが、カブの音って感じがするのはやっぱりそっちですかね」

「分かるぞそれ!」



 ――ドゥルルルン、ガダガダッ。


 俺とカブはゆっくりと帰り道を走り出した。

 途中でカブの後ろの荷車を見たが、セシルもターニャも並んでグッスリ眠っている。

 細かい振動が眠気を促すのかも知れない。


「僕思うんですけどー。ウインカースイッチだけは右のままが良かったですよ!なんで左にするんでしょうね?」


「んー、やっぱアレじゃね?他のバイクとパーツを揃える為じゃねーか?今って皆左に付いてるだろ?他のバイクから流用できたり逆に流用したりと融通がきくしな」


「……そうですねー。いつまでもカブだけのオリジナル車体ってのも、時代の流れ的に無理があるんでしょうね」


「あとな、俺カブ110のja07にも乗ってた時期があったんだけどよ」


「おお!元祖カブ110ですかー!」


「アレとお前だとウインカーとホーンの位置が上下逆だったんだ。だからお前に乗り換えた当時はしょっちゅう間違えてホーン鳴らしちまったんだよな。懐かしいぜ」


「あー、それよく聞きますね!カイトさんも例に漏れずってところでしたか」


 などと、カブに関する懐かしい話をしながら4〜50分程走っていたら、セシルが目を覚ました。

 配管にまぎれてセシルの上半身が荷車の上に伸びていた。


「おっす、おはようさん。スッキリしたかセシル?」

「あ、うん。おかげさまで……」


 そう言って体を伸ばすセシルが意外な提案をしてきた。


「ねえカイト、今度はカイトが横になったら?私運転するから」


 これには素直に驚いた。


「えっ、お前が!?だ、大丈夫か?」

「行きはずっと運転してたじゃない。この道なら平気だよ。山道はちょっと怖いけど」


 おお、なんかセシルが頼もしく見えるな。ここは遠慮なく頼んでおくか。


「じゃあ頼むわ!」

「うん」



 ――ドゥルルン!


 カブ90をセシルが運転し、その隣をカブが並走し俺が荷車で寝ている……こんな状況はなかなかねーぞ?

 俺は新鮮な気持ちになった。


 荷車では俺がひいたシートの上でターニャがスヤスヤと眠っていた。

 コイツはどこでも眠れるようだ。正直うらやましい。



「じゃ、俺も隣で横になるかー」

「ふふふ、カイトさん……なんかこの状況って貿易輸送の予行演習みたいじゃないですか?」

「ん?ああ。そういやレブルに行く際にはこういう配置もあるって話してたな。疲労がマックスになったら俺がこんな風に休憩してお前が自走するってやつ」


 俺はカブに答えるべく横にならずに座って話をした。


「そうです!カイトさんは大船に乗ったつもりでいて下さい!」


 やけに自信満々なカブだな。


「だけど今みたいに道幅も広くて坂もほとんど無いような道ばっかじゃねーだろ。レブルへの道ってどうなんだよ?セシル」



「んー……」

 セシルは俺の問いにすぐには答えられないようだった。


 そしてセシルはちょっと真剣なトーンでこう切り出した。


「実は今までウチの国の輸送団がレブルに行ったことって1回しかなかったんだよね……それも警護隊がめちゃくちゃ強かった時。たしかバダガリさんが隊長を務めてた時だったと思うけど――だからあんまり情報は多くないの」


 俺は今のセシルの言葉で頭が混乱した。


「ちょ、ちょっと待て!……バダガリ!?輸送団と警護隊ってセットなのか??」


「基本的にそうだよ。というか警護隊の中に輸送部という部署がある……っていうのが正しいかな。昔は盗賊とかが多かったから、物品を輸送する人間にも武力が必須だったの」


 はー……。


 俺は頭の中でその輸送部隊の行進を想像した。そしたら――。


「うおおおい、もうバダガリが無双してる所しか想像できねえじゃねえか!!っはははっ」


 俺は呆れながら笑った。そしてこうも思った。


「いや、肝心のそのレブルへの道についてはどう報告したんだアイツ?ここが危険だったとか、盗賊が出たとかそういう情報は?」



「彼が言うには『熊も猪も盗賊も出たけど全部倒して捕まえて、獣は保存食に、盗賊は荷物持ちにして活用できて割と楽な旅路だった』って」


 全身の力が抜けた。


「駄目だー、アイツの報告何の参考にもなんねー!ってか昔の話とはいえ猪も熊も盗賊も出てるんじゃねーか!?やっべーなそれ……」


 俺はもう寝るどころじゃなくなっていた。


「ま、まあでも彼らは片道10日以上かけて移動してたから、そういう外敵とかに遭遇しやすかっただけかもよ?カイト達ならもっと早いでしょ?」


 セシルが安心させるように付け加えた。


 そうかも知れないが不安すぎる。俺は決めた。



 帰ったら真っ先にあの「世界樹の木の実」が成っているか見ておこう、と。

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