第172話 ツーリング


 出発の準備は整った。


 配管を積む用の2台の荷車、ガソリン、弁当、パンク修理剤、護身用の武器……全部用意した。



 ――ギャギャッ、ドゥルルルルー。


 カブのエンジンはいつも通り快調だ。



「よっ!」



 ――シャルッ……シャルッ……。



 セシルは慣れないキックでカブ90のエンジンをかけようとしている……が、なかなか苦戦しているようだ。


「セシル、キックは足で蹴るというより体重を乗せてペダルに乗っかるように踏むんだ。遠慮はいらん!親の仇のごとく踏み抜け」



 ――シャルッ!!……ルッ、ルルルッ……トゥルルルル!



「あ、かかった!カイト、かかったよエンジン!」


 やたら嬉しそうにはしゃぐセシル。セシルにとって初めてのキックでのエンジンスタートだから気持ちは分かるぞ。


「おっけー。じゃあ出発すっか!」


 セシルの通勤用のカブ90カスタムは、セルが付いているのだがキックでかけてみたいと言うのでやらせてみた。


「ところでお前、もうそろそろカブに乗れてもいいんじゃねーか?」


 セシルが普通にカブに乗れるようになれば色々と助かるんだよな。


 しかしセシルは気まずそうな表情を浮かべた。


「そ、そう……だね、うん、そろそろ、かな……」


 なんだその微妙な返事は?

 俺はちょっと意地悪そうに笑ってこう言った。


「じゃあ山道を降りてから一回まっすぐな道を走ってもらおうか。平面な道ならもう走れるだろ?」

「えっ!?……う、うーん」


 セシルは困ったような顔を浮かべる。


「もちろんコケたりしたらアレだからカブ90じゃなくてカブの方に乗ってもらう」


「うへっ!?ええ……いやっ、そのっ……ぼ、僕も気が緩んでコケる可能性もありますし、いやー……」


 あからさまに予想外といった感じで動揺するカブ。うろたえすぎだろ。


「まあ、ちょっと試しに乗ってもらうだけだ。セシルだって毎朝練習してるんだし、山道はキツイだろうけど平坦な道なら普通に走れるだろ?」

「まあ……」

「平坦な道に慣れたら、今度はこの自宅から本部への道みたいに斜度のある所に挑戦すればいい」


「うん……」

「は、はい……」


 なんか二人共微妙な返事だったが時間が勿体ない。出発するぞ!


 俺はカブ90に乗り、リアボックスにターニャを乗せて走る。

 セシルは山を降りるまでは荷車に乗り込んでカブに引っ張ってもらう――という具合だ。



 ――ドゥルルルッ、ガタガタッ。ドゥルルルッ、ガタガタン。


「小さいカブもいいねーおじ!」


 山道を下りながら、リアボックスに入っているターニャがそう話しかけてきた。


「そうだろターニャ?これはカブの先輩だぞ」

「せんぱい?」

「ああ、このカブ90を色々改良して今のカブアイツが生まれたんだ」

「おー、じゃあ……おや。おやだねー!」

「んー、そうだなー。親ってより兄とか姉みたいな……まあ兄弟だな。ははっ」

「きょうだい!?ターニャも兄とか姉ほしいー!」

「お、弟か妹なら可能性あるぞ」

「え!?……ほしいー!」

「ま、まあそのうちな……はは」




 ――ドゥルルルルン。ガラガラッ。


 しばらく山を下ると広い道に降りてきた。

 俺はセシルに尋ねた。


「王都へ行くにはまずヤマッハを経由するんだよな?」


「……うん」


「ちょっと途中でガスパルに伝えとく事があるから本部に寄ってくわな」


「……うん、分かった」


 カブに乗りながらセシルは緊張の面持ちだ。


 そしてそれ以上に緊張しているのがカブだ。

 ミルコの時より汗ダラダラでやべえ顔になってる……。こりゃキツイか!?



「で、では行きましょうか……セシルさん」


「う、うん」



 ――ドゥルルルルルゥゥウウン!!!!



 盛大に空ぶかしをかますセシル。ギアがNニュートラルのままだ。よくある事だけどな。


「あ、あの、セシルさん1速に入れて下さい!」

「あ、ご、ごめんなさいカブ!!」


 ガチャッ、ガクン!!


「きゃー!?!?」

「ぎゃーー!!!!」


 カブがウイリーした!

 どこかで見たような光景だぞー!?でも看板はねえぞ。(※)


「おおーっ、セシルなんかすごい!かっこいい!!」

「いや、アレは事故だぞターニャ」



 キキーッ!


「はぁっ……はぁっ……」

「ひぃー……」


「カブ、セシル、やっぱり乗るのやめとくか?」


 俺がそう聞くと、セシルはちょっと悔しそうな顔で首を横に振った。


「カイト、私運転する。私もいいかげん乗れるようになっときたいから。カイトも困るでしょ?私が乗れないと……」


 俺はセシルの返事に驚いた。性格的に怖がりだし絶対乗らないと言うと思ったが……やるねぇ!



「じゃ、行くか」



 ――ドゥルルルン、ガタッガタッ……。


 おお、順調だ。

 カブを運転しているセシルの表情はやや硬いが運転自体は普通に出来てるな。


 一方カブはというと……。あ、なんか某「峠の走り屋漫画の目」になってる。まあしょうがねえよな。


「カイト」

「ん?」

「なんかね、こうやって真っ直ぐ走るのは大丈夫。ゆっくり曲がるのも大丈夫」

「お、じゃあ完璧じゃねーか!いけるな」

「いや、まだそこまで自信はない。けど今、結構……楽しい……かも」

「いいぞー。楽しいってのが最高の上達材料よ。はっはっはー!」



 そしてすぐに本部にたどり着き社宅にいるガスパルに仕事の連絡をした。


「ガスパルー、貿易輸送は明後日だ。明日はミルコも呼んでガソリン作るぞ。朝はここにいといてくれよー!」


 ガスパルは遠くから叫ぶように返してきた。


「おおー!カイト、了解だぜー!!」

「ふっ、元気そうで何よりだ。じゃあな」


 そう言って俺はさっさとカブの方へ舞い戻ってきた。


「用事ってあれだけ?」

「ああ、次にヤマッハのミルコの家だ。行こうぜ」



 ――というわけで俺達はミルコの家までやって来た。


 カブが一言。


「なんかイングリッドさんも住んでるからお屋敷みたいな所を想像してましたけど……意外と普通の家ですね」


 それにセシルが答える。


「イングリッドは自分が貴族の令嬢だとバレたくないからね。皆も内緒だよ?」

「ああ、覚えとくわ」


 コンコン。


「……はい、あ!カイトさん。あれ?今日なんかありましたっけ!?」

「いやない。ただ明日はガソリンの精製方法を教えるから朝から本部に来てくれ、それと、明後日からレブルに出発だ」

「りょーかいです!」

「イングリッドは仕事……だよな?」

「はい。今日はセシルさんが休みらしくて超大変らしいっす!……って、セシルさんじゃないですか!?」


 ミルコは俺の横に立ってたセシルに目がいって驚いていた。


「どーもミルコ君。今日は皆で王都に行くの。イングリッドによろしく言っておいてね」

 ミルコは笑顔で「行ってらっしゃい!」と送り出してくれた。



 ――ドゥルルルン。


 再び走り出して俺は一つ聞いた。


「セシルよ。王都まではずっとこんな感じの広めの道なのか?」

「うん。ほとんどこんな感じだよ」


 なるほど、それを聞いた俺はここで一つをしたくなった。



 ――――――――――――――――

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