第171話 王都ハヤブサールへ!


 ――翌朝。俺は自室ではなく一階の和室で目を覚ました。


 コアラのように俺の腕に抱きついているターニャをゆっくりほどいてから布団を掛けてやった。


 スヤスヤと眠るターニャとセシルを見て俺はニヤニヤした。「今日もコイツらと頑張って生きるか!」という気持ちになるのだ。



 トイレから出て、玄関を覗くとカブが挨拶してきた。


「おはようございますカイトさん!今日の予定はなんでしょうか?」


「おっすカブ。おはよう、今日は特に決めてないな。強いて言うならガソリンの精製ぐらいか。あと社宅の水インフラ用配管を探すとか……」


「あれ?軽油のおまとめ配達の営業とかは?」


「ああ、それとか新聞配達やらは貿易輸送が終わってから着手する。セシルによればレブルには明後日出発みたいだから、今営業とかすると中途半端だしな」


「なるほど!やっぱり人間休む事も大事ですもんね!」

「まるでお前が人間かのように言い方だな?」


 カブはちょっと得意気な顔をして答えた。


「いやー僕って精霊なので、ある程度人と似たような所があるんですよ!ホラ、他のバイクに嫉妬したりとか……人間らしいでしょ?」


「そ、そうかもな」


 なんでそんな微妙な人間らしさなんだ?




「……おはよう、カイト」


 うおおっ!びっくりした。セシルが音もなくいきなり声を掛けてきた。お前は猫か?


「おはようセシル」

「ねえカイト。私今日休みなんだけど、一つお願い聞いてもらえない?」


 答える前から「yes」なのだが一応聞いとこう。俺はニヤつきながらセシルのお願いを待った。


「実は王都に行きたいんだけど……」


 俺はそれを聞いて、今まで聞くだけだったあの町の名前が頭に浮かび上がった。


「王都ってアレか?『ハヤブサール』か!?」

「そう。年に一回、仕事に必要な物を取りに行くんだけど、他にも結婚の事を役所に報告したいの、それと――」

「ん?」


「カイト、会社の作ったら?あと社印も」


 口座……か。そういやミルコもそんな事言ってたな、ハヤブサールの銀行で作れるとか……。


 ここで俺は単純に疑問を感じた。



 ――この世界、ATMもクレジットカードもねーぞ?――



 俺の疑問を知ってか知らずかセシルは続けて説明した。


「銀行にお金を預けて通帳を作っておけば、大きな買い物や取引の際にジャラジャラ大金を持ち歩かなくていいし。当然落とす事も盗まれる事もなくなるでしょ?」


「いやまあそれはそうなんだが、……セシル、実際の取引ってどんな感じなんだ?通帳の使い方とか正直イメージ出来ねえわ」


 俺はキャッシュレスな現代では通帳どころかカードすらあまり使わなかった。楽○payと○ay○ayの二刀流でほぼ事足りたからだ。


 セシルは続ける。


「お互いの通帳に相手側の印を押して金額を書くの。取引の証明としてね」


 俺は頭の中でイメージしてみた。……するとすぐに疑問が浮かんだ。


「……いや、それは分かったが、ウチとその相手会社とのやり取りを銀行側はどうやって知るんだ?今のだと二者間のやり取りでしかないぞ」


「銀行で口座を作った時、通帳と同時に手形が渡されるんだけど――」

「手形!?」

 これまた全然なじみがない……。


「それで取引の時にその手形に取引金額を書いて両社の印鑑を押して……、基本的にお金を受け取る側がその手形を各町村の銀行に持っていくの」


「ほうほう」


「で、銀行はその手形の通りに両社の口座残高を変更する」


「なるほど……!確かにそれなら直接現金には触れねーな」


「もちろん普段の少額の買い物とかにはまだ使えないけどね、大きな会社なら大抵通帳と会社の印鑑を持ってるから、会社同士の商売には今言った手形のやり取りが多いかな」


 セシルは斜め上を向き、人指し指と親指で顎を触りながらそう話した。


「もちろんその口座情報はハヤブサールの銀行にも伝達されるわ。たしか月に二回ぐらい銀行員が馬で往復してたと思う」


「分かった。じゃあ口座も作っとこう。何事もついでだ」



「おじー!セシルおはよーー!!」


 おっと!ここで目覚めたターニャが元気に走ってきた!


「ういーー!!」


「元気な奴めーうおりゃああ!!」


 俺はターニャを抱きかかえて振り回すように高い高いをした。「あははははっ」ターニャは本当に楽しそうに笑っている。

 やっぱり俺とセシルがいい感じだとコイツも嬉しいようだ。



「おう、ターニャ!いい知らせだ」

「なにー!?おじ、なに!?」

「王都ハヤブサールに行くぞ!今日はセシルも一緒だ」

「おおーっ!!たび!セシルも一緒にたび!」


 今度はセシルに抱きつきに行くターニャだった。嬉しそうで何よりだぜ。

 あ、そうだ。


「なあセシル。ハヤブサールってよ、配管みたいな木とかも売ってたりするか?名前なんだったか忘れたけど」

「配管?……ああ、もしかしたら『ラッセン』の木の事?あると思うよ。大体のものは売ってるから」

「ようし。じゃあそのラッセンとかいう木も買って帰ろう!忙しくなりそうだなー。ははっ」


 あー、なんかめっちゃ楽しみだ。


「カイトさん、仕事じゃなくて純粋に旅行っていうか観光みたいなのって初めてじゃないですか?僕もちょっとワクワクしています、実は」


「俺も楽しみだー。そうと決まれば出発の準備にかかるぞ!……ってその前に飯か!」


「ついでにお弁当も作ろうか。ターニャ台所行くよ!」

「ういーー!!」


 セシルもいつになくテンション上がってんなー。



「あれ?カイトさん、そういえばハヤブサールってかなり遠いんじゃなかったですか?」

「ん?そういえば――確か片道150キロぐらいあって往復300キロ超えるからカブじゃ行けないって話をしてたような……」


 この世界に来て最初に立ち寄った給油所。そこで聞いたミルコの話を俺は思い出していた。


「ってことはガソリンタンクが活躍するって事ですよね?カイトさん」

「ああ、そういう事だな!……ってかどうすっかなー。カブ、お前1台だけで行くか、それとももう1台……よし!決めた」


 俺は配管のことも考えた末結論を出した。


「今日はカブ90とお前の2台で行こう!王都との行路ならある程度道も整備されてるだろうし、今回はセローより燃費重視のカブ90だ」


「なるほど!」


「最速60キロでずっと走って片道2時間半で到着出来る。帰りは配管も積んで3時間ってとこか?」


 カブもやる気に満ちた表情を浮かべる。


「了解です!僕気合い入れて走りますよー!!カイトさん、カブ90でしっかり僕に付いてきて下さい」


「おうよ、任しとけ!」


 しっかし楽しみだぜ。この世界の何が良いって、信号やら渋滞がないことなんだよな。どんなバイクでも遠慮なくブン回せる!ふはははっ。

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