第122話 ユルゲン
自転車のハンドルに手をかけてミルコはつぶやいた。
「なんか、カブ君と比べて色々と細いっすね……」
「それにはカブの動力に当たるエンジンがないからな。自分でペダルを漕ぐ事によって前に進むんだ」
「へ、へー……。ちょっと乗ってみます……」
「おう、頑張れよ!」
サドルに腰掛け取り敢えずペダルを踏むミルコ。――しかし。
ガッシャーン!
案の定コケた。現時点では一番上手いのはターニャだな。
「ぐっ……。いてて。こ、これ……カブ君より難しくないっすか!?」
「カブはペダルを踏まないでいいからだろうな」
こんなハズじゃなかった――という感じでミルコは再びサドルに跨った。
「カブ君の時はほとんどコケなかったのに……」
「いやミルコさん!それ僕が必死で支えて補助してたからですよ!めちゃくちゃ大変だったんですからっ!」
カブが溜まっていた鬱憤を晴らすかのようにミルコに説明した。
「ああー……、そうだったんだ……ごめんねカブ君。ちょっと俺、自分が運転できてると勘違いしてたよ」
「あ、落ち込んでる暇はないですよ!そんな事より練習です!」
「お前なかなかスパルタだな……あ、そうそう。カブよ、またドゥカテー行くぞ」
「え!?」
カブは予想外の言葉に笑顔を見せる。
「ターニャがケイに会いたいんだってよ」
「ケイにまほー教えてもらうー!土のまほー!――ふんっ!!」
ターニャが地面に向かってポーズを取っているが、木の実を食っていないので当然何も起きない。
「お前って火の魔法が使えるんだよな?」
「そだよー!」
「その……他の種類の魔法も使えたりするか?」
俺はちょっとワクワクした。もしターニャがケイみたいに家を一瞬で建てられたりしたら……と妄想していたのだ。
「むり」
ターニャは首を横に振った。
「そ、そうか。うん……まあしょーがないよな……」
俺の淡い期待は水の泡と消える。ま、これでいい。何でも地道にやるってのを忘れちゃダメだ!
「カブ、そんな訳で次にあの木が光ったらホーン鳴らして知らせてくれ」
「あ、了解です!実は僕もちょっと行きたかったんですよね。またあの王様に挨拶して即バックレましょう!」
カブもすっかり城から逃亡するのに慣れてしまったようだ。
――それからしばらくミルコとターニャは自転車の練習、俺はアドバイスをして。セシルは縁側に座って俺達を見守る……という感じだった。
ガシャーン。
「いってー……。くっそ……、まだまだ!!」
チリンチリン!
「ういーー!」
苦戦するミルコと、運転に慣れてきて調子に乗り始めるターニャ。
ミルコを煽っちゃダメだぞ。
しかし、こういうの見てると意外と飽きねーもんだな。
一方セシルは家の事をもっと知りたいというので、風呂の湯のわかし方や洗濯機の使い方などを教えて回った。
「す、すごい。なんて便利なの……」
セシルは俺の説明を聞いて、現代文明に感心しきりだった。
――パパーッ!!
カブのホーン音だ!よっしゃー。
「じゃあ行ってくる!セシル、留守番頼むな」
「うん、なるべく早く帰ってきてね」
「おう!」
俺は外に出て大声で叫んだ。
「ターニャ、カブ。行くぞー!」
「はい、カイトさん乗って下さい!」
「ういーー!」
ターニャは自転車がよっぽど気に入ったのか、自転車を漕ぎながら例の木に向かって突っ込んで行く。
「え……ちょ、ちょっと待てターニャ!それだと城から抜け出しにくくなる――」
――シュッ!
俺が注意するのを聞かず、ターニャは光る木の中へ消えてしまった……。
「ア、アイツー……。しゃーねえ、俺達も行くぞ!」
「はい!」
……。
…………。
「ん……!?」
木に飛び込んだ後は恒例の寝転んだ状態からのスタートだ……しかし今回はいつもと勝手が違った。
「あれ?ここは……?」
そこはいつもの転移後の城の中ではなく、世界樹の根元だった。
「あ、ターニャ!それとおじさん!?」
見覚えのある声の方を向くと、10メートル程離れた場所にケイが立っていた。
そしてケイの隣には明らかに魔法使いっぽいオッサン……いや、兄ちゃん?がいる。
俺はふと地面を見ると、デカい魔法陣のような模様が描かれている。
「……あ、カイトさん!?ここは何処ですか??」
「…………んぉ、……あれ?どこー?」
二人共起きたようだ。
するとケイの隣の兄ちゃんが話しかけてきた。
「ようこそドゥカテーへ。カイトさんとターニャさんですね?」
俺は戸惑いながらも答えた。
「おう、そうだが……なんかいつもと勝手が違うぞ?」
その男はニッコリと微笑むと、地面に出ていた魔法陣に手をかざす。
すると一瞬にしてその魔法陣は消滅した!
そして俺の戸惑いを察知してこう聞いてきた。
「なぜ自分達がいつもの王城にいないのか?という事ですね?」
「あー。ケイだ!!うえーーい!」
そのときターニャはケイを見つけた喜びで一直線にケイに向かって走っていった。
そしてそのままケイに抱きついて笑顔になっていた。
「あ、ちょっ……ターニャ!もう、しょーがないなー」
ちょっとのけぞりながらもケイはケイで嬉しそうだ。うんうん、来てよかったー。
……さて、それはそうと、この兄ちゃんの話も聞かねーとな。
俺はこの細身の兄ちゃんの顔を見て、敵意は無いという意味の微笑みを浮かべた。
「今回はなんか特別な事情でもあるのかい?」
「いやー、実はですね。さっき地面に出ていた模様は転移の魔法陣でして……今までならそれであなた方を即お城に転移させていたんですが――」
「お、おう?……」
「あなた方があまりに強すぎて毎回城から逃げられるので、もう城に呼ばないようにと、王からの命令があったのです」
「あ、そういう事か……ところで、おたくはどちらさん?」
俺は兄ちゃんに顎を上向けて聞いた。
するとケイが俺に向かって走ってきて嬉しそうにこう言った。
「私の師匠だよーん!ね、ユルゲンさん?」
「ケイの師匠?……ああ、魔法の師匠ってことか!」
俺は俺より10歳ほど若く見えるユルゲンという男をしばらく眺めていた。歳は30前半ぐらいか?
ここでカブが後ろから小声で話しかけてきた。
「カイトさん。なんか僕らに用がありそうじゃないですか?この感じ……」
「ああ、お前もそう思うか?」
……という俺達の会話が聞こえていたのか、ユルゲンはいきなり膝をつき何かを頼むような姿勢を取った。え……?
「カイトさん……お願いがあります。」
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