第120話 給料だ!(与える方)


 ミルコは不思議そうな顔をして聞いてきた。


「カイトさん、あのイヴって子は知り合いか何かですか?やけに肩を持ちますね」


 俺はニンジャーでイヴに出会った経緯から、ギルドでのトラブルまでの話をした。

 するとミルコは納得したようにウンウンと頷き、


「あー、そういえばウチの女イングリッドが珍しく、――最近出会った人にどう接すればいいか分からない――、って悩んでましたけど……イヴさんの事だったかー」


 とつぶやいていた。


 ……人間って難しいよな。




 ――ドゥルルルルン!ガタッガタガタッ……。


 俺達は再びキルケーへとカブを走らせていた。後ろの荷車には野菜の入った段ボールとミルコが乗っている。

 いつもなら荷車は野菜でほぼ一杯になるのだが、段ボールを上に積み上げる事によってスペースが出来、そこにミルコがスッポリと収まっている形だ。


 俺はさっきのバダガリとイヴの2人の見て、ミルコとイングリッドは普段どんな感じなのか気になった、――ので聞いてみよう。


「お前さんの彼女は家ではどんな感じなんだ?」


「え……!?」


 ミルコはちょっとギクッとしたような顔になる。


「い、いやー、カイトさんがギルドで見てるアイツとほぼ一緒っすわ……」


イングリッドアイツって貴族の出身らしいなー。割とどこにでもいそうな普通の女にしか見えなかったけど」


「え!?カイトさん知ってるんですか?イングリッドが貴族の令嬢だってこと!?」


「まあ、ちょっとな。しかし貴族のくせによくギルドの職員なんてやろうとしたもんだよな。金に困る事はなさそうだが……」


「『人生において経験は宝!』――らしいです。アイツ、穏やかそうに見えて意思めっちゃ強いんすよ!!ケンカになったらいつも俺が折れるんです。格闘の訓練も受けてるみたいだから戦ったら多分こっちが負けますね、戦いませんけども……」


「ぷっ、……ぶはっははは。めちゃくちゃ尻に敷かれてんじゃねーかお前!あっははは!!」



 ……などと、たわいも無い話をしているうちに再びキルケーに到着した。


 フランクに野菜を引き渡し、次回からの配達内容の変更をバダガリに伝えた事を話した。


 そして送料の2000ゲイルを受け取り、ヤマッハに帰るべく山道を下って少し経った時、俺はカブを止めた。


 ミルコに給料を支払うためだ!


 今まで給料を貰うことはあっても渡す事はなかったから新鮮だぜ。



「オホン、ミルコ君!」


「え?……」

 俺の口調にミルコは不思議そうに眉をひそませた。


「日給になっちまうが、ヤマッハ→キルケー便の1500ゲイルと、バダガリ農園→キルケー便の2000ゲイル合わせて3500ゲイルの4割で1400ゲイル。はい、今日の日当な。お疲れさん!」


 ミルコはゆっくり天を仰ぐように顔を上げ、そしてまたゆっくり戻して俺を見つめ、クワッと驚きの表情を浮かべた。


「カ、カイトさん!?日給って……今日は俺、ただついて行っただけなんですけど……?ええー……!?」


 などと遠慮深い事を言ってきた。しかし俺の哲学に反するので受け取ってもらわなくては困る。


「仕事覚えるのも仕事だろ?その辺きっちり払わねーと俺の気が済まん!」


 そこでカブが口を挟んだ。


「カイトさん、ブラック企業とかめちゃくちゃ嫌いですもんね!」

「ああ、その通りだ。ちゃんと働いた分金は払う、金をもらった分ちゃんと働く……会社と従業員がお互い信頼し合えるのが一番いい!」


 ミルコは俺をじっと見つめて話を聞いている。


「ミルコよ、今日のお前は仕事の内容を覚えるだけじゃなく得意先にも進んで挨拶してた。素晴らしいじゃねーか!だからお前はその対価を受取るべきなんだ」


 そう言って俺は1400ゲイルを家から持ってきた封筒に入れ、ミルコに手渡し、ポンと肩を叩いた。


「まあ、カブの運転はまだまだ下手くそなんだけどなっ」


 最後にちょっと落ちを付けてミルコを奮い立たせた。

 ミルコはちょっと悔しそうに笑いながら答えた。


「カブ君……。絶対10日以内に乗りこなして見せます!!見てて下さいよカイトさん!!」


 それに対しカブは戦々恐々とした表情でミルコに助言する。


「……いやぁー、あ、あの……。僕よりまずです!ミルコさん、いいですか!?バランス感覚とカーブの曲がり方をで覚えるんです!それさえ出来ればもう僕に乗るなんて簡単です!だからまずに乗れるようになって下さい!!とにかくです!!」


「お前ただミルコに乗られたくないだけだろ!」

「ひどいなぁ、カブ君……」

「いやっ誤解ですよ、そんなー!!」




 ――みたいな感じで定期便を無事終わらせ、自宅に到着したのは昼過ぎだった。


 庭にはターニャと番犬のバンがいて、ターニャはまだ自転車に乗ろうと頑張っているようだった。

 セシルは家の中かな?


「あっ、おじ!おかえりーー。ういーー!」


 早速出迎えてくれるターニャ。


「やあ、ターニャちゃん。ん、あれ……!あれがもしかして自転車ってやつかな?」


 ミルコは自転車を指差しターニャに確認すると、ターニャは驚くべきことを言い出した。


「うん!ターニャじてんしゃ乗れたよー!すごい?」


 俺はちょっと耳を疑った。まだ初めて乗って5~6時間だぞ。早すぎねーか?

 そしてよく見るとターニャの膝や肘、色んなところに擦り傷があった!


「おおおおい!ターニャ、……お前傷だらけじゃねーかぁぁぁぁ!!あ、あんまりその……お、お前の痛々しい姿は見たくないぞぉぉぉぉぉ!!」


 俺は半ば懇願するかのような叫びを上げ、ターニャの頭をナデナデした。すると――。


「おじ、しんぱいいらん!もう乗れる!」


 ここでバンが横からこう言った。


「ターニャ、カイト殿に見せてやりなさい。練習の成果を!」


 あれ?なんかバンがターニャの先生みたいになってるぞ?バンに協力してもらったのか??


「うわああ!犬が喋った!!??」


 今度はミルコだ、なんかもう面倒くせーな。


「ミルコ、車であるカブですら喋るんだ。だから犬だって余裕で喋る。深く考えるな、感じろ」

「は、はあ……」


 ミルコは狐につままれたような表情のまま突っ立っている。


 座っていたバンが立ち上がり、何やらターニャを誘導する様に自転車の前に立った。


「ではターニャ。先程のように自転車を見ず、私だけをみて追いかけて来るのですよ」


「わかったー。いいよーバン!」


 ――チリンチリン!


 ターニャが鈴を鳴らしバンがやや早めに歩きだすと、ターニャは後を追うようにペダルを漕いで自転車で付いて行くのだった!!



「うそおおおお!マジで乗れてる!?」

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