第104話 イヴの不満
俺は巨木から採ってきたその木の実をビニール袋に入れ、そのままリアボックスに突っ込んだ。
「この実は何かあった時の非常用にリアボックスに入れとくぞ」
俺はカブに断りを入れた。
「了解です!これで盗賊に襲われても安心ですね!」
「ははっ、まあな」
俺は家に帰る途中、カブのチェーンの事を思い出した。
「カブよ、お前多分チェーンめっちゃ伸びてるぞ。ちょっと調整しとこう」
「ありがとうございます。よく聞けばチェーンがチェーンケースに当たる音がしますね……」
ガチャン……ガチャン……。
こういうことがあるからメンテナンスは大事だぜ。
ターニャと一緒に家に戻った俺は、早速カブのチェーンケースを開けてみた。
「うわっ、……こりゃあダメだ。ダルダルになっとる!」
そのチェーンはフロントスプロケットからリアスプロケットまでの間で、標準よりもかなり下に弧を描いていた。
すぐさま工具を持ってきてチェーン調整を行う。
必要な工具は14mmのソケットレンチ、19mmのメガネレンチ、そしてモンキーレンチ。これで十分だ!
――ガチャガチャ……。
十分そこそこで作業自体は完成した……。しかし、チェーンの長さ調整用のアジャストナットやロックナットを締めている時、俺はひやりとした。
もう殆どチェーンの伸ばししろがない!つまりこれ以上後タイヤを後ろにずらせないのだ。やっべーな……。
そしてカブもその事に気付いたようだ。
「カイトさん、も、もしかしてもうチェーン伸ばせない感じですか!?」
「ああ、もうギリギリだ。今日、アマ◯ンで注文しとこう」
「あっち(日本)の宅配ボックス偉いことになってるんじゃないですか……?」
「多分な……」
まあ、しかしないもんはしょうがない。日本に戻るまでのあと半月ぐらいはこのチェーンで耐えるしかねえ。
……さて、今日も色々あったな。ふと遠くを見ると、地平線がオレンジに染まってきていた。
本当にこの世界に来てから毎日面白いぐらいイベントだらけだ。まさかここに来て更に異世界に行くことになるとは思わなかったぜ。
明日はバダガリ農園だ。イヴとバダガリは仲良くやってるかな?
「おじ、ご飯つくろー」
「おう」
そんなこんなでその日の夜は更けていった……。
――そして次の日、俺とターニャはいつものようにカブに乗ってバダガリ農園まで出かけた。
今回は定期便の配達はないので荷車は外しておこうかと思ったが、念の為取り付けている。
物であれ人であれ、急に何かを運ぶことがあるかも知れない。
配達がないこともあって、カブの顔にもいつもより余裕が感じられる。
「いやー、荷物が空だと楽でいいですねー!」
「おう、軽いとチェーンも伸びないし安心出来るな」
「ちぇーん?なにー?」
ここはターニャに説明しておくか。
「カブはタイヤが動いて前に進むだろ?」
「うん」
「でもタイヤそのものは自分で動いてる訳じゃねえんだ。動いてるのはエンジンな」
「えんじん、うごく!」
「そう、で、でそのエンジンの動きをタイヤに伝えるのがチェーンだ!」
「……ふーん」
「だからチェーンが伸びたりするとエンジンのパワーがタイヤに上手く伝わらなくなってカブがちゃんと走れなくなる」
「……おお。ちぇーんだいじ!!」
「そう!大事な部品なんだ!」
ホントに分かってんのかなコイツ……。
「ま、チェーンは後半月もすれば手に入る。今日はバダガリに猪の肉を貰いに行くのがメインだぞターニャ」
「おー。いのししの肉ー!たのしみー!」
予想通り飯を食うのが何より好きなターニャは猪肉の事を聞いて笑顔になっていた。
しかし俺はどちらかというとバダガリとイヴの仲の方が気になった。
何といってもイヴは難しい奴だからなー。
……などと考えながら、俺とターニャを乗せたカブはキルケーを素通りしてバダガリ農園にたどり着くのだった。
よし、着いた。バダガリとイヴはどこだ?
俺は広大な畑の方を見ていたのだが、特にそれらしい人影は見当たらなかった。
「ま、いい。のんびり待ってりゃそのうち会えるだろ。アイツらも猪肉を持ってここにくるハズだしな」
……と考え、いつもの野菜が置いてある小屋を見ると、なんとバダガリがそこに居た!
しかし……、いつものバダガリのような
「あ……カイトさん……」
やはりしょぼくれた様子のバダガリは静かに口を開いた。
「ちょっと今よ、……すっげー悩んでんだ」
「イヴの事か?」
「ああ、あの子とどう接すればいいかまるで分からん……昨日は家でお互いほぼずっと無言で気まずくて死にそうだ……」
「お前らこの前いい感じで普通に話しとっただろーが?」
「あ、あの時はなんか……こう、勢い……みたいな感じで話せたんだけど……」
――とそこへイヴがやって来た。コイツも何だか憂鬱そうな顔してんな。
しかし、イヴは俺を見るなりパァッと明るい表情になり、
「カイトさん……!」
とつぶやいた。
そして奥にあるバダガリを見て、また暗い顔に戻った。
うーむ、こりゃやっぱり上手くいってねーな。
ちょっとイヴにも話を聞いてみよう。
「バダガリよ、ちょっとカブとターニャを連れてどっかその辺で遊んどいてくんねーか?イヴと話がしたいんだ」
「あ、ああ。分かった……」
そう言うなりバダガリはそそくさと物置小屋から出て行った。
そして俺の言った通り、バダガリはカブとターニャを連れて畑の方へ歩いて行った。
さて、イヴに色々聞いて――。
と思っていると、イヴはスススーッと流れるような動きで俺の隣に座り、肩をピタッとくっつけてきた。……やれやれ。
「カイトさん……、やっぱりあったかいなー……」
などといってこの上なく幸せそうな顔をするイヴ。おい、バダガリに見られたらマズいんだが。
「イヴよ、
この質問にイヴは口をキュッと結んで答える。
「カイトさん、聞いてくださいよー!あの人ひどいんですよ!」
え?ひどい?
俺は自分の顔が瞬時にこわばるのを感じた。
「アイツ何かしたのか!?」
「昨日の夜、あの人が寝室のベッドに座ってたんです。なので私も隣に座ったんです。それで――」
俺はイヴの話に真剣に耳を傾けた。
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