第96話 ふたり


「猪だ!やべえ。向かってくるぞ!逃げろ!!」


 ――ツカツカツカツカッ!!


 猪は一目散にイヴをめがけて突進してくる。よく見ると猪の体はクソでかく、牙が獲物を突き刺す気満々という具合で反り上がっている。


「イヴさん逃げて!!」

 パパーッ!!


 カブがイヴに注意喚起のホーンを鳴らすが、イヴが振り向いたときには猪はもうすぐそこまで迫っていた!


「!?」


 バッ!!ドガッッッッッ!!



 一瞬の出来事だった――。


 猪がイヴに衝突する寸前、バダガリがイヴを抱え上げ猪はそのままバダガリに衝突したのだ!!


「ぐあああああっ!!」


 叫び声を上げるバダガリ。よくみたら膝の少し上辺りに猪の牙が突き刺さっている!これはやばいっ!!


 ――ツカツカツカツカッ!!


 しかも尚も猪は突進するべく蹄で地面を蹴っている!

 俺は漬物石ぐらいの大きさの石を両手に持ち、猪に向かって走った。


「うわぁーーっ!」

 ――ドゥルン、ドガッ!


 その時カブが猪に突撃して、これをふっ飛ばした!

 アイツの車体重量は99キロ、それプラス取り付けたカスタムや荷車で120~130キロはある。猪は2〜3メートル転がっていった!

 しかしスピードは足りていなかったようで、猪は再びUターンしてバダガリに突進してくる!


「カイトさん!!」

「おおうっ!!」


 俺は持っていたデカい石を至近距離から頭に向かって思いっきり投げつけた!!


 ドゴッッッ!


 ハッキリと分かるぐらい大きな音だ。頭蓋骨に当たったな……。やったか!?


 ……と思ったら甘かった!猪の首の太さを舐めてた……。

 猪は足を若干ふらつかせつつもまたバダガリめがけて突進していく。しつけえな!


 そのときバダガリはイヴを片手で抱えつつもさっきの挙動不審な様子はなく。むしろ今までないぐらい真剣な顔をしていた。


「下ろすぜ」


 断りを入れて抱きかかえていたイヴを下ろしたバダガリは、向かってくる猪を前に不敵に笑った。


「フンッ!うおおおおおりゃああ!!」


 なんとバダガリは向かってくる猪の牙を両手で掴み、そのまま天高く投げ上げたのだ!!


 うそおおおマジか!?あの猪多分100キロぐらいあるぞ!?


 投げ上げられた猪は2〜30メートルぐらい上空からそのまま地面に叩きつけられ、全身を強く撃ちピクピクと痙攣し始めた!!

 さ、さすがにもう襲ってこねーだろ。


「あ、あの、大丈夫ですか!?」


 イヴがバダガリを心配そうに見ている。そうだ、牙が足に刺さってたんだ。


「ぐぐっ、こ、こんぐらいはダメージに入らねーぜ……!!」


 なんか痩せ我慢しまくってるな。


「いや、アレで何ともない訳ねーだろ。傷口だけでも洗っとけ」


 俺はカブのリアボックスから水筒を取り出してバダガリに渡すが、意外にもそれを受け取ったのはイヴだった。


「私、こういう手当てはよくやってましたから……」


 イヴはバダガリの格闘家の道着のような下穿きをまくって言った。


「やっぱり、牙でヒドくえぐられてる……何か巻きつける布のようなものはないですか?」


「あ、ああ……あるっ!あるぞ!!これだっ」


 その時イヴの手で脚を触られて気が動転したのか、バダガリは道着の帯をシュルッと解いた!


 その瞬間当然のように下穿きがずり落ち、バダガリの一物が露わになってしまう!!

 うおおお。何してんだよ!?


「!?ああっ……あああっ……!?」


 当然、動揺するバダガリだったがイヴは表情を何一つ変えないでバダガリから帯を受け取った。


「じっとして動かないで下さいね」


 目の前のバダガリの男の証をまるで無視するかのように、手際よく作業をしていくイヴ。

 一方バダガリの方は顔を手で覆い羞恥の極みといった感じ。

 何のプレイだ!?


 イヴはバダガリの脚の傷口を水で洗った後、丁寧に帯で巻いていく。素晴らしく手際が良い、慣れてるってのは本当だろうな。男のアレも見慣れているんだろうか?



「……はい。出来ました。あんまり激しく動かさないで下さい」


 完璧な手当をしてくれたイヴに、バダガリはやはり照れつつも感謝した。


「あ、ありがとう。イ、イヴ。その……」


 あ、コイツまた前みたいになってやがる。せっかく良い感じなのに勿体ねえぞ。


 そんな顔を赤くしたバダガリの手を、イヴは両手でそっと握った。お!?

 イヴの表情も照れてはいるが心なしか少し笑っているようにも見える。


「さっきは助けてくれてありがとうございました。あの……かっこよかったです……」


 おおおおっ!い、良い感じなんじゃねーか!?


 バダガリを見ると、なんか顔を手で覆って震えている……ん?


「うおおおおお……」


 なぜか泣き出すバダガリ。そのままイヴの方を向き、


「お、女に感謝されたの初めてだぁーーーー!お、俺は嬉しいいいい!!うおおおおお!!」


 などと大感激している。なんとも大袈裟だが本当に嬉しいんだろう。良かったな!


 イヴはニッコリ笑ってバダガリがまた喜びそうな事を言った。


「心配なので私、しばらくお仕事手伝います」


 マ、マジか!?


「え!?て、手伝ってくれんのか……イ、イヴさん!?」

「イヴでいいです」

「いいのか……イヴ」


「はい、バダガリ」

 イヴは再び微笑んだ。


 おお、なんかいい感じだぞ!……。

 やや遠巻きから2人を見守っているこちらとしては、微笑ましくて感動すら覚える。


 俺の隣に立っていたターニャは不思議そうに2人を見つめていた。何を感じとっているのかは不明だ。


「イヴとバダガリ、仲良くなった?」


 そう聞いてくるターニャに俺は「ああ」と答え、このままくっついてくれれば俺も安心なんだがなー、と考えていた。



 ……さて、これからどうしたもんか。そんな風に考えていたらさっきバダガリに投げられた猪が目に入った。


「おーい、バダガリ。あの猪持っていっていいか?」


 バダガリは幸せそうな顔をしながら、振り向き、

「おお、構わねーぜカイトさん。持って行ってくれ。ヤマッハとかで買い取ってくれんじゃねーか?」

 と快く了承してくれた。


「ありがとよ。ちょっと血を抜くわ」


 俺はカブの荷車からイヴが持っていた剣を持ち出した。

 するとバダガリが、一つ提案してきた。


「お、カイトさん、よかったらこのまま猪解体してやろうか?その方が肉屋にも高く売れるぜ?」


「え?良いのか!?でもお前解体とか出来んの?」


「ははっ、いい子を紹介してくれたお礼だ。任しときな!昔はよくやってたぜ。あの、イヴ……?」

 バダガリがイヴに何か確認した。どうやら手伝ってもらいたいようだ。


「ええ、一緒にやりましょう」


 そう笑顔で答えたイヴの目は輝いているように見えた。

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