第95話 お見合い?


 それから俺は、何度も通ったキルケーの村で荷物を下ろし、フランクから2000ゲイルを受け取ると、すぐさまバダガリ農園に直行した。



 ――ドゥルルルン、ガタガタッ。


「お、見えてきたぞ!イヴ、見てみろ。アレ全部奴の畑だ!」


「……ほ、本当に広いですね!」

 イヴはあっけにとられたように口を大きく開けて言った。


「だろ?」

「あ!カイトさん。バダガリさんがいますよ!ほら、野菜置き場の所に……」

「おお。マジだ!探す手間が省けたぜ。おーいい。バダガリー!」


 俺がカブに乗りながら手を振ると、バダガリも凄まじい大声で返してきた。


「おおーーーっす!!」


「あ、相変わらずバカでけえ声だな……」

「バダガリさんらしいですね!」


 イヴとターニャの様子を見ようと俺は振り返った。


「……」

「あはっ、バダガリー!きたよー!!」


 と、ターニャはいつも通りだったが、イヴは顔を強張らせて緊張している様子だ。



 ――キキッ……。


 俺はいつもの野菜置き場にカブを止め、バダガリに挨拶した。


「よっ!しばらく顔見てなかったな」


 バダガリは俺を見て、ちょっと興奮した様子で話してかけてきた。


「よー。カイトさん、警護隊の奴に聞いたぜー!なんか隣国のゼファールまで貿易品の輸送を頼まれたんだって!?スゲーじゃん……」


 そう言いながら、奴が荷車を見た時、その挙動が一変する!


「そうか。お前王室と関わりあったな……ん!?」


 バダガリの顔を見ると、なんか様子がおかしいぞ?


 なんか白目剥いてないか!?おい?


 バダガリは何故か立ったまま硬直している。そんなバダガリをイヴは不思議そうに眺めている。


 ここで、ターニャが駆け出して行きバダガリに飛びついた!


「ういーー。バダガリ!イヴ連れてきたよー!!」


 と元気な笑顔でバダガリに話しかける。しかし当のバダガリは硬直したままだ。何してんだ?


 俺はバダガリの背中を叩いた。バシッ!

「おらっ!大丈夫かお前?」


 するとバダガリは我に帰ったように首をフルフルと振り、再びイヴの方を見た。そして――。


「う、う、うおっおおおおおお!」


 ババババッ!



 なんとバダガリはバク転しながら30メートル程後ろまで後退していくのだった!……は?


 とりあえず追いかける俺。


「……おい。何が起きたんだお前に?」


 バダガリは肩で息を切らせながら答えた。


「カ、カイトさんよ……。あ、あのめちゃくちゃキレイな女の子は、だ、誰だ!?」


「ああ、アイツはイヴっていう娘で、元々ゼファールにいたんだが訳あって向こうで住めなくなってこっちに連れてきたんだ」


「ゼ、ゼファールに!?」


「ああ、で、連れてきたのは良いんだが、なにぶん今のアイツは知り合いもいねーし仕事もない、もちろん金も持ってない、俺もターニャで手一杯だ」


 俺が何を言わんとしているか分かったのかそうでないのかもバダガリの乱れた表情からは読み取れない。……ってか何でこんなおかしくなった?


 とりあえず俺は説明を続けた。


「そこで、お前に声をかけたワケだ。お前が既婚者でなければお前にとっても悪くない話じゃないか、と思ってよ」


「フウゥゥゥゥゥゥーーーーッ……」


 バダガリは大ーきなため息をついて、一度呼吸を整えて俺の顔を見た。



「あ、あのよ、カイトさん。実は俺な、女がめちゃくちゃ苦手なんだ!!い、今も冷や汗が止まんねえよ……」



 ああ、なるほど!それでこんな風になってんのか。いや、それにしても異常だが……。

 まあでもこれはこれで良いか。浮気とか無縁そうだし。


「じゃあお前、当然独身で誰とも付き合ってねーんだな?良かったわー。イヴの事頼むぞ!」


 俺が笑ってそう言うと、バダガリは物凄い困惑した表情を見せた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよー!!お、俺は今まで女と付き合った事はおろかろくに喋った事もねえんだぞ!!ど、ど、どうすりゃ良いんだよー!?」


「そこはお前、自分のやり方で何とかしろ」


「な、何とかっつってもよぉー??……。やべえ、何もイメージ出来ねえ……変な奴だと思われたらどうしよう!?」


「安心しろ、すでに思われてるぞ。だからこっからは印象が良くなる一方だな!はっはっは」


 俺はなんとかしてバダガリを励ましイヴと話をさせようとした。


「いやー、お、俺もな、女関係苦手なのは何とかしたいと思ってたんだけどよ……カイトさん、そもそもどういう子なんだ?趣味とか……」


「そんなもん知らん。自分で聞け」


 俺が突っ放すとバダガリは泣きそうな顔を見せた。なちゅう情けない姿だ……。


「まあとにかく会って話をするぞ!あ、そうそう。コレだけは気をつけといて欲しいんだが――」


 一応大丈夫だとは思うが念のためだ。


「な、何だよ?」


「あのイヴって子は今まで結構悲惨な目にあってきててな、ちょっと人間不審で情緒不安定な所がある。だから早まって手を出したりはしない方がいいとは思う」


 バダガリは苦しそうな表情で、


「そ、そんなことしねえよー!てか出来ねえよー!それ以前の問題で頭抱えてんだぜ?うおおお……」


 本当に頭を抱えだすバダガリだった。俺は何とかバダガリを励ましつつイヴの所へ向かわせた。


 そんなバダガリを迎えるようにイヴはカブの前に立ってバダガリを待っていた。

 俺はふらつきながら歩くバダガリを半ば押すように歩いていく。


「よっしゃ。こっからは一人で行けっ!!」


 俺がバダガリの背中を思いっきり押してやると、バダガリはフラフラしながらイヴの元へ歩いていき、その距離が1メートルのところまで来た。


 よし、とりあえず挨拶から――!

 と普通の感覚なら思うだろうが、奴が最初にやったこと、それは……。



 ――『土下座』、だった……は!?



「あ、あ、あの、あの。……と、とと、とりあえずスマン!!」


 顔を上げ、必死の形相でなぜかイヴに謝るバダガリ。

 イヴは一瞬驚いて、そのあと険しい表情になった。


「なんで謝るんですか?私何もしてないのに……」


「いやっ、こ、これから高い確率でっ!俺は何かやらかすっ!だから最初に謝った!!」


 いや、保険かけすぎだろお前……。俺は呆れた。

 イヴはバダガリを見下ろしながら、淡々と宣言した。


「……私みたいな小娘に簡単に頭を下げるような情けないヒト、好みじゃないです」


 うわー。ど、どストレートに……。イヴの奴、もうちょっとこう、手心と言うか……。あれじゃバダガリ立ち直れんぞ。


 ……と俺が心配していると、ツカツカツカツカッ!!とどこからか音がした。



 あ、あれは!

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