第三章

第94話 彼氏を探すぞ!


「おう、イヴ。実は今日俺は仕事があるんだ。家でターニャと留守番しててくれねえか?」


 イヴは無表情でちょっと口を開けて、

「分かりました……」

 とだけ言った。


「ターニャもイヴとお留守番だぞ?イヴに家の事とか色々教えてやってくれ」


 ターニャは満面の笑みで答える。


「分かったー!おじ、行ってらっしゃい!!」


 うん、素晴らしい。

 続けてイヴにも一つ聞いてみる。


「イヴ、お前はなんかやりたい仕事とかあるか?例えばギルドの……」

「嫌です!!」


 大声で拒否された。まあ当然か……。


「今は何もしたくない……、出来るなら少しの間、この家のお手伝いをさせて下さい。料理は覚えますから」


「分かった。お前はしばらくここにいとけ」



 それからイヴはターニャを見よう見まねで朝飯のスープとパンを作ってくれている。


 その間、俺は三日ぶりに家の外を見回ると、カブが何やら慌てて俺に話しかけてきた。


「あ!カイトさん。おはようございます!ア、アレちょっと凄くないですか!?見て下さい」


 俺はカブのタブレットが手の矢印で示す先を見ると、一本の巨大な木が目に入った!


「うおっ!何じゃこりゃ!?あの木、めちゃくちゃデカくなっとる……」


 その種を蒔いた畑に出来ていた一本の木は、もはや巨木といっても不思議でないレベルに巨大化していた。

 根本の直径は2メートルはある!とんでもないデカさだ……。


 そして不思議な事に根本から1メートルぐらい上に目掛けて、奇妙な割れ目のようなが伸びていた。


「なんやコレ……、絶対普通の木じゃねーだろ?」

「カイトさん、コレどこで種を買ったんですか?」

「いや、普通にヤマッハの露店で。『何の種か分からない。育ててからのお楽しみ!』って書いてあって、面白そうだったから買ったんだよ」

「カイトさん、意外とお茶目ですね!」

「ふっ、まあな」


 ここで俺は辺りを見回した。アイツに会って話をしておきたい。



 ――ザッ!


「カイト殿、カブ殿。おはようございます」


 そう思っていたらすぐにソイツが現れた。人語を話せる犬、バンである。


「おうバン、留守番助かったぜ。昨日帰ってきたんだ」

「バンさん、おはようございます!」


 バンは溌剌とした体をひるがえし、俺達が見ていたこの木を向いた。


「うーむ。それにしても大きくなったものですな」


 俺はバンに肝心の話を始めた。


「この木の事はともかく、ちょっとお前に頼みがある」


「頼み……ですか。伺いましょう」


「俺達が行ったゼファール国から訳ありの少女を連れ帰ってきた。で、今日ターニャと留守番させるから、バン、出来ればまたこの家を見といてくれねぇかな?」


 バンは快く引き受けてくれた。


「喜んでお受けいたしましょう」


 ここで玄関からターニャとイヴが出てきた。


「おじー!ご飯できたー……あ、バンだー!!イヴきてー」


 バンを見つけたターニャはイヴを手招きして、すぐにイヴも顔を出した。

 そしてバンを見るなり後ずさった。


「……!?い、犬?大きい……」


 ちょっとビビって腰が引けているイヴに俺は言った。


「イヴ大丈夫だ。コイツはバンっていう犬だ。下手な人間より賢いぞ!」


 バンは軽やかな足取りでイヴの横にさっと走って「伏せ」をした。



「お初にお目にかかります。バンです。よろしく、イヴ殿」


 イヴは、わあっ……という、わずかに笑顔も混じったようなふわっとした表情を見せて、恐る恐るバンに近寄り体を撫でた。


 ちょっとはイヴの心も癒やされるかも知れん、……と思っていたが、やはり基本的に表情は冴えないままだ。


「んー、……アイツどうしたもんかな…………あ!!」


 ここで俺はふとを閃いた。



 ――それはイヴにとある男を紹介してみよう。というものだ。


 やっぱりコイツは俺やセシルみたいな一人でも何とかやっていけるタイプと違って、誰か支えになってくれる奴がいないと精神が安定しない人間だ。


 で、その男というのが、俺が3日に1回訪れるバダガリ農園の主。バダガリ!

 金も持ってるだろうしちょっと変わってるけど根はいい奴だし、いい感じなんじゃねーか?


 俺はひそかに自分の思いつきを自画自賛していた!

 おっと、その前にイヴに伝えておこう。


「イヴよ、さっきは留守番しといてくれって言ったけどよ。やっぱり一緒に来てくんね?」

 そう言うとイヴはちょっと嬉しそうな顔をした。

「え……良いですけど。どうしたんですか?」

「お前に1人男を紹介しようと思ってな!お前、親もいねえし、友達も知り合いもいねえし色々不安だろ?1人でも心を許せる相手がいるだけで大分気持ちは楽になるだろ。どうだ?」


 その時、イヴは悩ましげな顔を見せた。


「……ありがとうございます。でも私、男なら誰でもいい訳じゃないですよ」


「いやいやー……俺も何度か会ったけど中々素敵な奴だぜ?まあとにかく付いてこいよ!」


 ここで俺は忘れていた事をカブに指摘される。


「カイトさん。その前にバダガリさんって独身なのかも彼女がいないかどうかも分かってないのでは?」


「あ、……ま、まあそれも聞いてやる!とにかく今日は一緒に行くぞ」


 俺は半ば強引にイヴを連れて行く事にした。自動的にターニャも付いてくる。




 ――それから俺達は朝飯を食ってひとまずヤマッハへと旅立った。



 初めに、俺はヤマッハからキルケーへ運ぶ荷物を取りに行った。

「はい、コレで全部です。いつもありがとうねえ」

「あいよ、ほんじゃ行ってくるわ!」

 キルケーの研究者の親戚から荷物を受け取り俺は再び出発した。



 ――ドゥルルルルン!後ろの荷車にはイヴとターニャを乗せている。


 どうやらイヴはターニャを気に入っているようだ。ターニャもイヴとは仲良くやっている。

 ……というかターニャって苦手な奴いねーな。まあ良い事だ。



 ――キルケーへの道中で小休止していた時の話だ。


 イヴが俺に聞いてきた。


「カイトさん。その……バダガリさんという方はどういう人なんですか?」


「んー、まあ一言でいうと大農家だな。経済力は間違いなくあるぞ!」

「いえ。それは良いんですが、人格的な所とか……」

「まあ体がクソデカくて体力があって豪快な奴だ、ちょっと変わってるけどな。あ、もしバダガリが既婚者だったら諦めてくれな」

「そ、そうですか……」

「バダガリはいいやつ!!」

「ほら、ターニャも言ってるぞ」

「ターニャちゃんもバダガリさん好きなんだ。へえ……」


 その時、イヴはそれまで硬かった表情がちょっとだけ緩んだ。


 しかし、アイツの事を説明しているうちにバダガリは結構モテるのではないか?という予想が出てきてしまう。

 だって金は持ってるし王室の関係者でもあるし、女は引くて数多だろう。


「ま、それは本人に聞くしかねーか」


 と、俺は呑気に構えていた。……そしてこの予想は大外れすることになる。

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