第29話 番犬


 犬はそう言うとすごい速さで家の外へダッシュしていった!


「うおっ!なんだなんだ!?」


「ちょうど良い獲物を見つけました!見ていて下さい」


 犬は家から少し坂を上がった所にある藪の中に猛スピードで突撃していく!


 ガサッ!


 犬が茂みに入って少しの間だけ静寂が辺りを包み、それから突如として何かの動物の喚き声が聞こえた!!


「フゴオオオオッフゴオオオオ!!」


 俺とターニャはビクッとしてしばらく固まった。

 そして茂みからさっきの犬が出てきた。それも自分と同じぐらいの大きさの猪を咥えて!


「いかがでしょう?私の力をご理解頂けましたかな?」


 取ってきた獲物を前に誇らしげにそう言う犬だった。

 正直な所、俺は昨日のこいつの情けない姿が頭にずっと残っていたので、本当に同じ個体か!?と疑わしげな目で見てしまう。


 しかし、……これは頼もしいんじゃねえか!?


「なあ犬よ」

「はい」

「この先ターニャが家で一人でいる事があるかも分からん。そん時お前に番犬を任せていいか?」


 犬は嬉しそうな顔をした。


「もちろんです。そのために来ましたもので!」


 俺も笑って返す。


「お前なら多少家の中に入っても構わんぜ。ターニャもお前に懐いてるみたいだし」


「ありがたき幸せ。私をお呼びの時は口笛などでお呼びください。耳は良い方ですので」


 そう言うと犬はターニャに抱きつかれたり撫で回されたりしてされるがままになっていた。


「いぬーフワフワー、あはっ、きもちいー……。あははっ」


 また、犬の方もターニャに顔をスリスリしに行ったりして楽しんでいるようだ。

 やっぱり人に飼われてたってのは本当らしいな。


「ところで今日はお前これからどうするんだ?俺達は飯食ったら町に出て仕事があるんだが……」


 犬は嬉しそうに口を開けて舌を出しながら言った。


「では私はこの家の近くで敵が来ないか見張る事にしましょう。あ、食料の事は自分で何とか出来ますゆえご心配なく」


 犬は自分で今さっき狩った猪に目をやりじっと見つめている。

 腹減ってんのか?と俺が思っていると、犬はこんな事を言い出した。


「私の食事は子供にはいささか刺激が強いでしょうな……」


 予感は当たったようだ。俺はちょうどいい機会だと考えた。


「いや、腹減ってんだろ?ここで食っていいぞ。むしろ丁度良い」

 犬は俺の顔を数秒見つめ、俺の真意を汲み取ったのかこう答えた。


「……承知しました」


 ――ガッガッグイッガツガツ……。


 ターニャは今まで穏やかだった犬が急に野生に戻った様に猪に喰らいつく様を見て、目を丸くしていた。

 俺はそんなターニャの肩に手を置き、顔を近づけて声をかけた。


「こいつも俺達と同じ様に飯を食う。食い方とか食い物の手に入れ方とかは違うが、基本的に生き物ってのは他の動物や植物の栄養を自分の体に取り込んで生きてるんだ」


 口に手を当てて固まった様に犬の食事風景を凝視するターニャだった。


「だからもしお前が山の中やらで食うものがなくなった時はこいつみたいに鳥でも兎でも何でもいいから何かを捕まえてまず仕留めろ!その時は絶対遠慮したり戸惑ったりするな!!そして絶対ちゃんと食え。……それで正解なんだ」


「……う、うん……」


 ターニャは複雑な表情を浮かべながら答えた。


 俺はこういった事も教育として教えておくべきだろうと思っていた。特に現代より文明の遅れたこの世界じゃ尚更だ。


 しばらくそうやって犬の食事を眺めていたが、10分もかからないうちに犬は猪の肉をある程度食い終わってしまった。早えな。


 ターニャも最初はちょっと怖がってもいたが途中からそんな表情は消え、猪の肉や内蔵、骨を観察するように見入っていた。

 そして食い終わった犬に、


「おいしかった?」


 と尋ねた。


「はい、まあ自分で狩った獲物は味どうこうというより満足感が高いですな」


 ターニャは「結局どうやねん?」といった感じのキョトンとした顔をして、もう一度聞いた。


「じゃあおいしかった?」


 犬は一瞬、まいったな……といった表情をして、ちょっと間を置き、


「……はい!」


 と答えた。その瞬間ターニャは笑顔を輝かせ、嬉しそうに犬の胴体に抱きついた。

 犬もそれに呼応するように舌を出して笑っている。


「カイトさん、子供というのは庇護欲を湧き立たせてくれるものですな」


「まあな」


 俺も笑って答える。


 そして犬はスッと立ち上がり、骨がむき出しになった猪の元に行くとそれを口に咥えた。


「このままこれを放置してはウジが湧きますゆえ、見回りついでに私が処理してまいります。では失礼!」


 そう宣言すると犬はすごい速さで山の上の道なき道を突っ走って行った。

 あっけにとられていたターニャが俺を振り向く。


「犬すごい!強い!かっこいい!ターニャも”狩り”したい!!」


「勇敢だなお前……。そうだなー、狩りはお前がもうちょっと大きくなったら犬連れて一緒に行くか!」


「うん!やったー!一緒に行くー!!」


 そうは言っても狩りなど一度もしたことはないし、それで獲物を狩って生活できるなんてもちろん思っちゃいねえ。

 やっぱ食い物は働いた金で食材屋で買うのが一番よ。……と自分の本心を確認するのだった。


「よし!じゃあ今日も飯食ったらヤマッハ行くぞ!」

「うんー」


 それから俺達はパンにバナナという日本のどこにでもありそうな朝食をとってカブに乗り込んだ。

 リアボックスにターニャ。

 後ろの荷車に満タンの軽油タンク3缶と空きのレンタルされたタンクを5缶。やはり荷車に積めるのは合計8缶までのようだ。

 持ち金的に軽油はあと2缶しか買えないのだが一応積めるだけ持っていく。そうやって敷き詰める事によって、タンクが倒れて荷車内でゴロゴロするといった事故も防げるのだ。


 そしてリアボックスのターニャには畑を耕す用の大きめのスコップを持たせている。

 ヤマッハから家に戻る荒れた山道のスリップ箇所を整備するためだ。

 こういうところをキッチリやっておくか否かで後々の往来の便に大きく差が出るのだ!



 トゥルルルン――。ガチャガチャッ……。ズザザザッ――。


 カブは荷車も含めると結構な重たさだったため、下り坂で低速で停車しただけでも軽くスリップした。


「ターニャ。やるぞ!」

「ういーー!」


 俺達のやることは単純だ。階段のように急な角度の付いた道の一部分をスコップでならして均一な斜面へと変えるだけ。

 後はスコップで上から力いっぱい叩いたり踏みならしたりして土を固めて……よし、こんなもんかな!


 作業は割と一瞬で終了した。

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