第27話 餌をやる


 犬が喋ることあるか?


 ――と、最初そう思ったが、俺がここに転移している時点でそんな常識は通用しない。そう考えを改めたが一応聞いておく。


「なあターニャ。その犬ってのは本当に犬だったのか?犬に変装した人間とかじゃなかったか?」

 ターニャは首を横に振った。


「ちがう!あれは犬。絶対!」


 ほー、なるほど。ターニャの様子から嘘を言っているとは思えない。


「まあいいや。犬が喋るにしろ喋らんにしろちょっと怖いな」


 俺は倉庫から木刀を持ってきて、被っていたホコリを払うように素振りをした。


「おおっ!おじ。かっこいい!!」

「え?そ、そうか?女の子のお前でもそう思うか?」


 俺はちょっと嬉しくなった。やっぱりいくつになってもカッコいいと褒められるのはいいもんだぜ!


「おっしゃ!なんでもかかってこいや!」


「あ、来たよー!」

「はあ?な、何!?」


 俺がターニャを振り向くとターニャのすぐ側にデカい犬が立っていた。……いや、あの大きさは狼か!?

 見るからに野生の凶暴そうな風貌で「グルルル……」と唸っている。


「タ、ターニャ!逃げろ!!」


 俺は大慌てで木刀を振りかぶってそのデカい犬に向かっていった。――するとその犬は完全な「伏せ」をしてとんでもなく甲高い声で喋り出した!



「ああっ!やめて下さいお願いしますぅー!!許して下さいー何でもしますぅーー!!」



 ズコー……。俺は見た目と行動のギャップにずっこけた。……っていうかマジで喋んの!?


 俺がその犬に驚いていると、ターニャが駆け寄っていった。おい、大丈夫か!?

 ターニャはそのデカい犬の頭をナデナデしながら俺にこう言った。


「犬、お腹減ってるんだってー」

「え、腹減ってる??ターニャが何で知ってんだ?」

「前、ちょっとお話しした」

「ま、前って昨日の事か?」

「うん、肉下さいって」

「いや、コイツどう見ても野生の犬だろ!自分で獲物を狩るもんじゃねえのか?」


 俺がそこまで言うと犬は顔を上げて喋りだした。


「いえ、私は最近までとある方に飼われておりました。喋る犬は珍しいということで……」


「……そらそうだ」


 俺は身近に喋るバイクというもっと意味不明な存在がいるので、犬が喋ること自体にそこまでの驚きはなかった。

 犬は「伏せ」の姿勢のまま話を続けた。


「しかし飼い主様は訳あって私を飼うことが出来なくなったようで、私は山に捨てられました。そしてそれまで狩りなどしたこともなかった私ですので鹿や兎を狩ろうにも失敗続きで……」



 ターニャと同じようなパターンか。


「犬よ、そこは自分で何とかしねえとダメじゃねーか?一回ぐらいは俺達が飯をくれてやってもいいがウチも今はまだ余裕ねえからよ」


「それは……、分かってはいるのですが、自分で狩りをしようとも、……空腹で力が出ません。少しだけ食べ物を恵んで頂けないでしょうか?……」


 犬は前足を腹に当てて腹減って動けないという仕草を見せる。妙に人間くさい動きだなこの犬……。


「おじ、この犬どうする?」


 俺はちょっと考えたがこのままこの辺で野垂れ死にされても縁起が悪い、一回だけ肉……いや、アレは高いから代わりに赤身の魚をくれてやろう。


「ちょっと待っとけ」


 俺はそう言うなり一直線に冷蔵庫に向かうと「カツウオ」を丸一匹取り出して再び外に出た。


「ほれ、今回だけな……」


 俺は犬の前で石の上にカツウオを置いて見せた。

 すると犬はすごい笑顔を見せると共に、寝っ転がった状態から一気に立ち上がりカツウオにくらいついた!


 ガツガツガツガツ……!


「すごい!すごい食べてる……」


 ターニャが犬の食いっぷりにちょっと引いている。

 ホントに腹減ってたんだろうなぁコイツ。


 それからものの数十秒でカツウオを完食し、長い舌を出しながらイキイキとした顔を見せる犬。

 そして俺の前で土下座のような伏せをしてこう言った。


「ありがとうございました!なんとか自分で動けるぐらいにはなりました!!ホントに感謝いたしますー!!」


 まるで人間のような大袈裟な言葉使いで感謝の意を伝える犬。

 俺は、本当にコイツがこの先自分で狩りが出来るのだろうか?と少し心配になった。


「そうか、まあ良かったな。次はちゃんと自分で鹿なり猪なり仕留めて生きていけよー」


 俺がそう励ますと、


「ワゥッ!」


 と、まるで野生の尊厳を取り戻すかのように一吠えし、身をひるがえして山の中に消えていった。


「犬、行っちゃった……」


 ターニャはどこか寂しげな表情を見せていた、もうちょっとここに居させても良かったかもな。


「よし、じゃあこの辺色々見て回るか!」

「うん!」




 俺とターニャは、カブのホーンが聞こえる範囲内で色んなものを見て回った。


 食えそうな植物はないか?と探してみたが山菜はキノコとかも含めて毒のあるものが多いと聞く。

 あんまり知識もない俺が適当に持って帰って食ったら二人とも死んだ――なんてのは嫌だ。性格的にもそんな冒険は出来ねえ。


 ……ん?まてよ。だったら自分で畑作って野菜の種撒いて栽培すりゃ良いんじゃねーか?


「そうだ、……畑を作ってみよう!」


 その声にターニャがすぐに反応した。


「はたけー?やさい育てる?」

「そうそう。上手く育てば町で金出して買わねーでもすむだろ?確か倉庫にくわがあったハズだ。場所は……、この辺が比較的平らだな」


 俺は畑の候補地に目星を付けて、何の種を撒くかを考えていると――。


 パッパー!


 カブのホーン音が聞こえてきた。ガソリン打ち止めか、よし。



 ――そんな感じでガソリンと売り物の軽油を同時に精製しつつ、畑作りや飯作り、ターニャの世話をしていると時間がすぐに過ぎていくのを感じた。


 だが決して嫌ではなかったし、むしろ楽しいぐらいだ。


 現代社会で家と職場を往復するだけの日々に虚しさを感じていた俺だったが、今の生活が自分の冷え切っていた心に前向きなエネルギーを与えてくれている――、そんな風に感じてしまうのだった。


 シュポシュポッ……。


 コンロを消し、ヤカンに残された軽油をある程度冷ましたら灯油用のポンプで軽油缶に入れていく。これが満タンになるまでに何回かは今の蒸留作業を繰り返さねばならない……。


 思ったより時間がかかるな。明後日のバダガリ農園の納期に間に合うか?


 ――と思って軽油の精製を急いでいたら、俺は後からとある盲点に気がつくのだった。

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