第26話 安心しとけ


 そ、そういや前そんな事言ってたような……。


 ターニャの顔を見ると、最初にハイビム村で見たときの顔を思い出させるようなちょっと虚ろな目をしていた。あ、あかん。コイツに過去の話は地雷だ!


「おう、そうだったか。これからはちゃんとした飯食わしてやるから安心しとけよ」


 俺の励ましにターニャはちょっとだけ明るい顔になって「ん」と答えた。



「よっしゃ、あとはその大根をこのおろし金ですり下ろすんだ。俺はサバーを焼く用意をするから」

「うん!」


 ……といっても昨日購入したサバーは食べやすいサイズに切ってあったから特に何かが必要なわけでもなかった。

 包丁で数本切れ目を入れ、そのまま塩をかけてフライパンで加熱する。


 ジュウウウウ……。


 シャカシャカシャカ……。


 隣からはターニャが大根をおろす音が聞こえてくる。


「あとなんか野菜も欲しいな」


 俺はフライパンでサバーに火を通しつつ冷蔵庫からほうれん草を取り出しおひたしを作ろうとした。


 シャカシャカシャカ……。


 ジュウウウウ。


 サクッ……サクッ……。


 食材をおろしたり、炒めたり、切ったりする様々な音が台所から聞こえてくる。


 なんか、悪くないな――。そんな風に思って調理しながら俺はちょっとぼんやりしていた。



「できたー!」


 ターニャが大根おろしを完成させて歓声を上げる。

 こっちのサバーはもうちょっとか、ほうれん草ももうちょいだ。


 ――数分後、サバーの塩焼きとほうれん草のおひたし、そして朝炊いていったご飯といったメニューがテーブルに二人分並んだ。



「よっしゃ、食うぞ。いただきます!」

「いただきます!」


 バクバク……。


「おおっ、このサバーって魚うめえな!焼きたてなのもあるが、脂がのってて身が柔らかい……ご飯が進むぜー。ターニャどうだ?」


 ターニャも食いなれない魚と、なれない箸に戸惑いながらも塩焼きサバーにかぶりつくが微妙な表情だ。

「……ん。ちょっと、しょっぱい」

 ターニャは控えめに食感を表現した。子供にコイツの良さはまだ分かんねーか?

 そう思っていたがターニャが慣れない手付きで箸を運びご飯を口にしたとき目を見開いてこう言った。


「おいしい。これ、おいしい!」


 なんだ、それただの米だぞ?米好きなんかお前?


「うん!サバーと一緒に食べるとうまいー!!」

「ははっ。そうかそうか、確かにご飯と一緒に食べるとうまく感じる事ってあるわな」


 俺は笑顔で答え、ほうれん草のおひたしを口に放り込んだ。シャキシャキとした食感が口内に広がりサバーの濃いめの味をいい感じに中和してくれる。

 うん、こいつはサバーとご飯に合いまくるな!


「この草、まずくない!すごーい」


 ターニャがほうれん草に感心していた。いやお前、草っていうかほうれん草やぞ。……いや、確かにほうれん「草」か……。いや、そうじゃなくて。


「ターニャよ。世の中には美味しい草ってのが存在するんだ。そいつはほうれん草っていう奴だ。ちなみに人が育てた食べられる草は『野菜』って言うんだぞ」


「やさい?これも?」

「おう、ほうれんそう、な」

「ほうれんそう。草!」

「草じゃねえ!やさい」

「ほうれんそう、やさい。まずくない!」


 ……やはりターニャにとってほうれん草は「不味くない」の域を出ないようだ。まあ子供だしそんなもんかな。



 そんな感じで俺とターニャが飯を食い終わると、ターニャが「外行くー」といい出した。俺は今朝の野犬の事もあり、絶対一緒に行かねーと危ない!と思った。


 ターニャにちょっと待っとけと伝えて、食器をさっと洗っているとふと気がついた。


 今のこの家の生活って、この世界じゃ絶対あり得ねーよな。電気やらガスやら水道やらが完備された家なんて……なんだっけな……「チート?」って言うのか?

 俺は全然それでいい、むしろ大歓迎だがターニャはどうだろう?


 ここでずっと生活させてたら外の人間と上手くコミュニケーションが取れなくて良くないんじゃねーか?しかし、そうはいっても普通の暮らしってのをどうやってあいつに教えてやれば……!

 そのとき、俺の頭にはとある人物の顔が思い出された。


「こういうときはイングリッドに相談するしかねえ。今度ヤマッハに立ち寄って聞きに行こう」


「おじー、外いこ外」

「おう。ちょうど食器も洗い終わったし、行くか。でもあんま遠くには行けねーぞ。カブのガソリンも今作ってるかな」


「ガソリン……カブのご飯?」

「おう、そうだ!アイツも動くためにご飯がいるんだ」

「わかったー」


 そう言うとターニャは玄関へと駆け出していき、カブに話しかけた。


「カブー、ご飯おいしい?」


 その純粋な問いかけに対し、カブの返答内容はかなりシビアなものだった。


「正直、今蒸留して作っているガソリンはガソリンというより重質ナフサに近く、オクタン価も低く硫黄成分も多いです。僕が頑張って脱硫や改質を内部で行っているから僕は動くことが出来るんです。でもまあそんな装置が一般家庭にある筈もないですからそこまでは要求しませんが、やはり日本のスタンドで入れてもらってたガソリンに比べると大分質が落ちますね。まあ一応軽油とかと違って全く別物の燃料というわけでもないのでまあまあ及第点といったところでしょうか?あ、この話カイトさんには内緒ですよ?」


 聞こえてるっちゅうのに……。アイツ、俺の知らんところで色んな事してたんだな。ご苦労さんだぜ。俺は心のなかでカブをねぎらった。


 だだだだっ。とターニャが台所へ走ってくる音が聞こえる。そして驚いたような顔をしながら第一声。


「……おじ、カブがなんかよくわからん事言ってる!」


「おう、聞こえてたぞ。俺にも良く分からんわ!はっはっは、でもよくやってくれてるから感謝してるぞ」


 プッ……!


 聞こえてたのがちょっと恥ずかしかったのか軽いホーンの音が聞こえてきた。



「ほんじゃちょっとターニャと外行ってくるからよ。ガソリン溢れそうになったらホーン鳴らして知らせてくれよ」


「はい!」


 俺は特に外を探索したいとは思ってなかったが、まあこの辺の地理もある程度知っといた方がいいだろうな。


「っとその前にターニャ。前この辺に野犬が出たんだってな?犬だよ犬」


 ターニャは最初首を傾げていたが、やがて思い出したように口を大きく開けた。



「うん、犬いたよー。なんかお腹へってるって言ってた」

「え?……」

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