第18話 セシル
「あ、す、すいません。ちょっと熱くなっちゃって……」
カブはタブレットの中で >< という目をつぶって泣いているかのような記号で謝ってきた。
「ま、まあお前にも色々こだわりがあるって事だな。ってか結構他のバイクに嫉妬するんだなお前、ハンターもPCXも同じHONDAだろ?」
「いえ、むしろ同じメーカーの方が対抗心がより強まるんです!」
「はんたー?ぴーしーえっくす?」
ここでターニャも参戦してきた。
「おうターニャ。そいつらはカブの仲間だ。でもカブはそいつらの事嫌いなんだってよ!」
「カブは仲間がきらい?」
「き、嫌いじゃないですよ!彼らの素晴らしさは僕も十分知ってます。ただ、僕より売上が上なのがムカつくというだけです!!」
「ただの嫉妬じゃねーか……」
「……ま、まあ」
バツが悪そうな顔をするカブ。コイツ本当は人間のおっさんなんじゃねーか?
――そんなバイク乗りにしか分からないような話をしながら、気付けば俺達はヤマッハに辿り着いていた。
さて、善は急げだ。早速商人ギルドへと向かう。
昨日も見た木造のギルドの建物が見えてきた。
俺はカブをその前で停め、ターニャをリアボックスから降ろして中に入っていく。
ふと、もしかしてイングリッド休みじゃねーだろうな?……といった考えが浮かんできた。
まあ昨日聞いておかなかった俺が悪いな。
ドアを開け、真っ先にカウンターの方を覗くと――いた!!
「おう!」
「あ、カイトさん!おはようございます」
しっかり笑顔で挨拶してくるイングリッドだった。やっぱり感じの良いヤツだ。
俺は手を振りながらターニャを引き連れカウンターへと歩く。
「おっすおっす。昨日は何から何まで世話んなっちまってありがとうよ」
「いえ、こちらこそ。配り手のいない配達物を届けて頂いて助かりましたー。あ、でも今日はそのおかげで配れる配達物がないんですよ」
ガーン……。悪い予想が的中してしまった。
「マジかよイングリッド!?また大手のキャットとかに全部取られちまったのか?」
「はい、……彼らは大型の輸送車を持っていて、それまでは水路でしか運べないような大量の荷物を一気に他の都市まで運べるので一軒一軒の送料が凄く安くなるんですよ!お客さんも喜んでます」
笑顔を崩さずそう話すイングリッドだったが、俺はちょっと寒気を感じていた。
この先、ずっとこうやって大手に仕事を奪われ続けるんじゃないか……という恐怖が湧いてきたからだ。
ま、その対抗策が軽油の巡回販売なわけだ。ちょっとコイツに聞いてみっか。
「なあイングリッド。軽油ってよ、どっかで買い取ってくれるとこねーかな?」
「え?軽油ですか……。いや、いっぱいあると思いますよ。今結構色んなところでエンジン付きの車が出て来てますから!」
「ほ、本当か!?具体的に誰が欲しがるか分かるか?」
俺は需要があるという言葉に色めき立ち、前のめりになってイングリッドに詰め寄った。
「あ!もしかしてカイトさん、カブちゃんで軽油を売りに行くつもりですか?」
イングリッドは笑顔で聞いてきた。お、この軽油の巡回販売、もしかしてグッドアイデアだったか!?
「そう、昨日給油所で買った未蒸留の軽油からカブに使うガソリンと軽油が半々で抽出出来たんだよ。だから残った軽油(まあ灯油も入ってるけど)が売り物になれば今日みたいな配送先が無いような日でも銭が稼げると思ったんだ」
イングリッドはニッコリ笑って我が事のように賛同してくれた。
「凄くいいアイデアだと思いますよ!……具体的には――そう、農家の方を当たってみるのはどうです?畑を耕したりする車に軽油を入れてるのを私見た事があります!」
俺はなるほど、と納得した。確かに耕運機なんかは軽油がいるわな!
イングリッドは続けてこう話した。
「他にも軽油は普通の家庭の暖炉にも使われ始めてますし、……このヤマッハの近くは皆さん給油所で買われますが、町から離れた所なんかだと配達に来てもらえると凄く助かるんじゃないかと思いますよ」
頭の中でイングリッドの話を整理し、俺が今からすべき事を口に出してみる。
「そうか、じゃあこのヤマッハからちょっと遠めの場所で畑を持ってる農家を当たってみるか!……つってもどこにそういう耕作地帯があるか――」
と俺がまた疑問を呈するよりも早くイングリッドは答えてくれた。
「コンロッド山地の麓とかどうでしょう?山の麓に広い小麦畑やキャベツ畑が広がってたと思います。絶対需要ありますよ!」
俺はニヤッと微笑んで「分かった」と答えた。目的地が分かればすぐさま行動だ。
っと、その前にターニャのことも頼んでおかないとな。
「ありがとよイングリッド。ところでよ、俺が農家の営業に行ってる間コイツを預かっててくれねーか?カウンターの奥はかなり広そうだし、変なやつに誘拐されたりする心配もないだろ?」
俺はイングリッドの前でターニャを振り返った。
俺はこのとき楽観的に考えていた。イングリッドのことだからきっと快く了承してくれると考えていたのだ。しかし――。
「カイトさん、それは無理です」
「ええっ!?」
俺はかなりびっくりした。イングリッドは続けてこう話した。
「奥の部屋にセシルというギルドマスターがいるんですが、絶対断られると思います」
「ちょっ、ちょっとそのセシルって奴と話をさせてくれ!頼む!!」
俺が両手を合わせて頼み込むとイングリッドは渋い顔をしながらカウンター奥に引っ込んでいった。
そしてすぐにセシルというギルドマスターの女が出てきた。
セシルは背が高く180センチぐらいありそうな感じで、そして落ち着いた雰囲気をまとったきれいな女だった。歳は30ぐらいだろうか?
早速俺は要件を話した。
「おう、あんたがセシルか?俺はカイトってもんだがあんたに頼みがある。このターニャを夕方ぐらいまで預かっててくれねーか?」
セシルは表情を変えずに俺をしばらく見つめて答えた。
「あなたがカイトさんか。配達困難地域とされているあの離れの三件を全て一日で配達したという話はイングリッドから聞いた。感謝している」
「おう」
お、思ったより好感触じゃね?そう思ったのも束の間、こんな言葉が返ってきた。
「だがここは子供を預かる場所ではない。他を当たってくれ」
サラッとこう言われた俺は――。
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