第17話 ハンターとPCXさえいなければ……


 チラッとターニャに目をやると、スプーンにすくったスープにフーフーと息をふきかけていた。ふっ、しっかり学習してんな。よしよし。


「ちょっとガソリンの様子見てくるからな」


 ――ターニャの食事姿を見て安心した俺は、そう言い残しカブの置かれた玄関に様子を見に行った。

 ガソリンが出きったらカセットコンロの火を緩めないと温度が上がりすぎて灯油や軽油まで混ざっちまう、注意しとかねーと。



「あ、カイトさん。お帰りなさーい!」


 いつもの調子で俺に話しかけるカブだった。


「おう、ガソリンちゃんと出てっかな?」


 携帯缶を軽く持ち上げゆすってみると、チャポンチャポンと音がした。1リットルぐらいは溜まってるっぽい。

 カブに入れた4リットルと合わせて5リットルのガソリンが現在抽出できた事になる。


「今んとこ分かってる事は、給油所でもらってきた未蒸留軽油10リットルがガソリン5リットルと軽油5リットルに分離出来るってことだな」


 カブにも現状を説明した。


「なるほど、つまり給油所の未蒸留軽油の半分がガソリンになるって事ですね!」

「ああ、そうなるな。だからこの分離した後の軽油がどこかで売れるかどうかってのが超重要になるワケだ!無駄な油になるか、はたまた金のなる木となるか……!?」


「今日も忙しくなりそうですね」


 俺はフーッとため息をついて、しかし笑って答えた。


「はっ。なんとかなる!お前がいるからな。そうだろ?」

「はいっ!」


 ……といった感じで、俺達はガソリン蒸留の続きを行い、残りの未蒸留軽油を全てガソリンと軽油に分留し終えた。


 というわけで現在ガソリン貯蓄は6リットルとなった!

 感覚的に20リットルぐらいは常に欲しいかな。



 ここでスマホの時間をチラッと見てみると午後3時だった。

「大体日本から6時間ぐらい遅れてっからこの世界じゃ朝の9時ぐらいか」


 と大まかな時間を割り出すと、丁度日本でも仕事が始まるぐらいの時間だなと思った。

 よっしゃ、ターニャを見に行くか。


 俺はこの辺で気が付いたのだが、ターニャの世話をしている時が結構楽しい。


 昔、自分の娘が生まれた時はほぼ全部嫁に任せっきりで、仕事や趣味に没頭していたダメな奴だったかも……と今では思う。だが子供につきっきりでいるとフレッシュな気分にもなれて、そこまで悪くない気もする。

 俺は一旦趣味に没頭すると夢中になってしまうのだが、今は生きる事、子を育てる事に夢中にならざるを得ない状況だ。


「これはこれで……悪くない」


 ポロッと本音がこぼれるのだった。



 それから30分ぐらいの間に今日すべき事、その順番、生活に必要なモノ……、などをメモし、出発の準備をする。もちろん目的地は昨日と同じヤマッハだ。


 ちなみに所持金は3000ゲイル!これが俺の全財産……、もっと稼ぐぞ!!



「……あれ?ターニャどこ行った??」


 俺は突然姿を消したターニャを探し回ったが見つからない!?俺は不安にかられた。

 トイレか!?好奇心旺盛だし押し入れの中に入ってる!?二階のベランダ?倉庫?……どこにもいない!!


「おーーーーい。ターニャ!?どこだー??出発するぞー!!」


 俺は大きな声で叫んだ所、どこからかターニャの声が返ってきた。


「おじー!」


 俺は安堵し辺りを見回しながらその声の出処を探ったところ、どうやら家の外から聞こえてくるようだ。

 俺も外に出ると、ターニャが走ってきた!あーよかった。


「おいターニャ、どこにいたんだ!?」


 するとターニャは山の奥の細道を指さした。ちょうどヤマッハへ出る方向と逆の方向だ。


「犬がいた!犬、犬!でっかい犬!」

「えっ!?犬……って野犬か!?」


 俺はちょっと怖くなった。こんなところに人に飼われた犬がいるとは思えん。しかもデカいって……も、もしかしたら狼かも知れん……。やはりここにターニャは置いていけねえな。



「ターニャ、ヤマッハ行くぞ。昨日チキンの唐揚げ食った町だ」

「おーっ。唐揚げ唐揚げー」

「いや、今日の飯は家に作ってあるスープとサラダだ」

「むー……」

「唐揚げはまた今度食うぞ」

「ういー!」


 とりあえず出発だ。



 ――トゥルルルルン。カブは昨日ぶりにいつもと変わらないエンジン音を響かせる。


 この音は俺が最初にコイツを購入した4年前とほとんど変わっていない、マフラーもそのままだしボアアップなどのカスタムはしていない、――だが、それにしても頑丈なエンジンだと思う。

 バッテリー持ちも良く、今もセル一発でエンジンは始動出来る。

 この辺は俺がほぼ毎日通勤で乗っていたから、オルタネーターからの充電でバッテリーの電気を節電しまくっていたからだろう。


「カブー、カブー」


 などといつの間にかカブという名前を覚えたターニャは、俺の背中から腕を回しつつも楽しそうにしていた。


「ターニャちゃん。僕の名前を覚えたんですね!偉いですねー」

「子供は吸収が早いからな。勝手に色んな事覚えていくぞコイツ。はははっ」


「今日もはいたつ?」

 ターニャからの質問だ。

「おう、仕事があればな」

「なかったら?」

を売る相手を探しにいく」


 とはもちろん、新たな商売道具予定ののことだ。現在ターニャと一緒にリアボックス内に陣取っている。狭くてすまんなターニャ。


「分かったー」

 分かってくれたらしい。


「よっしゃ。今日も結構な距離走る事になるかも知れんが、頼んだぜカブ!」


「はい!お任せ下さいカイトさん。僕の燃費の良さは世界一ですから!売上も好調です」


「おう」



 ここで俺は、一つ思い出したようにカブに話をした。だが後で話すべきじゃなかったと後悔した。

「……ところで最近はハンターカブが売れてるみたいだぞ?あとPCXも」

「……」


 俺がその話をするとそれまで饒舌だったカブが急に黙り込んだ。

「ん?おい。どうしたカブ?」

 カブはまだ何も言わないで黙っている。もしかして地雷でも踏んだか俺?


「……ハンターが売れたのはAT小型限定免許で乗れてキャンパーなどのアウトドア派の需要を取り込めたからあれだけ爆発的に売れたのであって今後はそこまで圧倒的に売り上げられるかと言うとそんなことはないと思います。それとPCX……あれは卑怯ですよ!!燃費、小回り、耐久性、スクーターとしての手軽さ、メットイン容量、ガソリン容量……そりゃ売れるでしょ!そして盗まれるでしょう!!そもそも僕はスクーターというものが利便性に特化したタイヤ二つついた便利な乗り物――というイメージを超えてこないんです!分かります?カブやSRのようなネイキッドバイクから感じるロマンを感じない!それに何ですかあのカウルは!?カスタムする度に爪は折れちゃうしめちゃくちゃ神経使いますよ!僕の10倍面倒臭い!それに――」


「あー分かった分かったお前の考えは分かったっ!!」


 ――俺はこのとき思った。……コイツ本当に精霊か?と。

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