第12話 インフラが整ってる!?


「ガ、ガソリンを作る!?」


 俺は店員の言葉をもう一度繰り返した。


「はい、が混合した蒸留前の軽油がウチにあって、一応販売できるらしいんです。それを鍋とかに入れて加熱して、気化したガソリンをどうにかして冷ませば出来上がり――、らしいっす!」


 店員はそのように飄々と説明すると、苦笑いでこう付け加えた。


「ま、鍋に火をかけるためにまた燃料が必要なんスけどね。ははっ」


 ……もっともだ。現代じゃガソリンも軽油と一緒に原油から取れるハズなんだが……。この世界じゃガソリン車がそもそも無いから需要が無いって事か?やれやれだ。


「カイトさん……、どうします?」


 イングリッドが心配そうな顔を覗かせる。


「ちなみに、その王都ハヤブサールってここから遠いか?」

「はい、かなり遠いですよ。大体30万カライぐらいあります」


 俺はイングリッドの答えに絶望した。30万カライって30万メートルだから300キロ……、ガソリン満タンでも無理じゃねーか!?


「カイトさん」


 ん?不意にカブに名を呼ばれた。


「頑張ってガソリン作りましょう!」


 カブはタブレットにやる気に満ちた顔を貼り付けている。

 そしてリアボックスの方を見ると、ターニャが眠たそうに目をこすっているのが目に入った。それを見て俺は決意する。



 ――何としてでもガソリンを作って金を稼いでターニャを養ってやる!



 俺は腹を括った。


「よっしゃ、兄ちゃん。その蒸留前の軽油、売ってくれ!」


 店員の若い兄ちゃんはニコッと笑うと一つ聞いてきた。

「ありがとうございます。お客さん、はお持ちで?」

「あ!そういやないな。ってかレギュラーガソリンをカブに入れるだけの予定だったから、買って持ち帰るって発想自体なかったんだ……」


 俺がそう言と、店員の兄さんは親切にも「タンク貸しますよ」と言ってくれた!おお、ありがてえ!


「ははは。いいっすよ。ぶっちゃけ返しに来てくれた時にまたここで燃料入れてくれる方が儲かるんで!」

「しっかりしてんな。……でも俺、コレ持って別の給油所行くかもしれんぞ?」

「あ、やっぱ返してもらっていいっすか?」

「ははっ、嘘だよ。冗談冗談!」


 などと軽口を叩き合いつつ俺は精製されていない状態の軽油を購入した。

 20リットルぐらいのタンクに満タンで400ゲイルだった。この金額覚えとこ。


「ちょっっと狭くなるけど我慢しろよ」


 ドスン。


 カブのリアボックスの後部には新たに金属製のタンクが置かれ、ターニャが体を折りたたんだ状態になる。


「よし、じゃあイングリッド。お前さんの家まで送ってやるよ!今日は世話になりっぱなしだったしな」


「ありがとうございますカイトさん。でも私の家すぐそこなので歩いて帰れますから」

 イングリッドは少し笑って答えた。……そうか、オッケーオッケー。


 俺はカブに跨ると、給油所の兄ちゃんとイングリッドに手を振って再びカブを発進させた。



 ――トゥルルルルルルン!



 辺りは夕焼けに染まっていて、もう少しすると薄暗くなってくるだろう……などと考え、俺は運転しながらぼんやりとまどろんでいた。


 しかし、俺はここに来てやっと……というべきか、なぜ今まで疑問を持たなかったのか不思議なくらいの超重大な事に気がついた。


「あ!そうだ!!カブよ。そういえばうちの家って今、電気も、ガスも、水道も、ネット回線もぜーんぶ使えねえんだよな!?」


 するとカブは不思議な事を言うなあ、とでも言いたげな顔で、


「?……いえ、その辺のインフラとかは全部次元を繋いでおきましたから使えますよ?さすがにそこは精霊としてのプライドっていうかサービスというかおもてなしの心というか、……まあとにかく大丈夫です!」



「おおおおおおお!!??」



 俺は運転中だったが思わず前のめりになり、タブレットに顔を近づけ目を見開き怒鳴るような勢いで再確認した!!


「お、おい……あ、あの家、水道出るしコンロも使えるしトイレもネットも全部使えるってのか!?」


 カブは俺の勢いに押され漫画みたいに焦って汗をかいているような表情になった。


「は、はい……な、なんか僕マズイことしました?あ、あと一応、日本では元の家は複製して建ったままになってます。怪しまれないように……」



「でかした!!!!お前は凄い!偉い!!!!」



 俺はもうクッソ大声で最大級の賛辞をカブに送った。

 だってそうだろ?この100年か200年ぐらい文明が遅れてそうなヨーロッパみてえなところで――電気が使えてトイレや風呂、ガスコンロにエアコン……近代的なインフラが全て使用可能!

 最高だ!!俺はもう有頂天になってしまった。


「いやー、気に入ってもらえて嬉しいです!でも、向こうに戻れるのは一月に一回だけですよ?」


 そういえばそんな事言ってたな。


「おう、戻れるだけで十分だ!そんときは日本で色々とやることがある。……ってか一月後の日本じゃ俺、死んだ事になってたりしてな。ぶははははは!!」


 日本で一人寂しく家と会社を往復する毎日だった俺は、心の底でこういう出来事を望んでたのかも知れない……。

 そんな風に考えてしまった。



 トゥルルルルルン……。ジャリジャリッ……


 草や木をかき分けるようにカブで山道を走らせる。

 この家に帰る山道も中々の獣道だ、しかし今はテンション上がりっぱなしでマイナスの感情は湧いてこなかった。

 そうやって走っていると、やがてその姿が見えてきた、――日本から転移してきたあの広い我が家が!


 ――キッ。


 俺は家の横手にカブを止め、エンジンを切ってターニャと燃料タンクを下ろした。


 ここでカブが一言。


「あ、カイトさん。僕に何か聞きたい時にいつでも話せるような位置に僕を置いといたほうが良いですよ?」


 お、それもそうか。


「よし、じゃあ玄関に置いとくぞ」


 ガチャッ。


 ウチの玄関はそこそこ広く、カブを置くスペースも確保できた。よし。


 次に俺は玄関の照明灯のスイッチに手をかける。この時、ちょっと不安になって手が止まった。本当に電気通ってんのか?

 ……さっきはそれだけでアホみたいにテンション上がってたけど実はコイツの勘違いでした――なんてなったら一気に萎える。


「頼むぞ!」


 俺は神頼みするような気持ちでそのロッカースイッチをONにした。――すると。


 パッ……。


 玄関に暖色系LEDの灯りが照らし出された!!


「うおおおおお!やった、……本当に電気が来てやがる!!うはははははっ」


 俺はターニャの手を取って大喜びした。そして――。



「よし、ターニャ。お前を風呂に入れてやる。ついでに服も洗濯だ!!」

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