第5話 会社名が決まった
「うおおおおおお!?」
ブゥゥウウウウウン……、ザザザザッ!!
俺は思わず前後ブレーキとエンジンブレーキでカブを急停止させてタブレットを凝視した。
「え……?お、お前。そんな事できんの?」
「はい!凄いでしょう?僕このカブのパーツなら色んなものにハッキングしたり動かしたり出来るんですよー。はっはっはっ」
とりあえず俺は空いた口が塞がらなかった。
「いや……、お前、ハッキングとか怖えよ!てかコレ……今、イラストアプリを使ってんのか!?」
「はい!勝手に起動させて即デザインしました。コミカルでキャッチーな顔でしょう?僕は気に入りました!」
元気なカブの声が耳に入ってくるが、頭には入ってこなかった。代わりに一つ、凄いことに気付いたのでカブに確認してみた。
「お、おい、お前……も、もしかしてこのカブ、自分で運転出来たりする……?」
その質問にカブは即答した。
「はい。出来ますよ!自分でキーONにしてエンジン始動して走る事も可能です!」
「おいおいマジか!?セキュリティーゼロじゃねーか!?――勝手にどっか行っていなくなったりしねえだろうな?」
「ははは、大丈夫です。僕はあなたのカブですから持ち主の意に背くような行動はしません!ご安心ください」
機械音声ながら、どこか楽観的で頭のネジが外れたようなカブの性格が伝わってくる。
まあ、一応悪意のないヤツだという事はある程度分かったのだが……。
「ん、待てよカブ。じゃあちょっとお前自分で今運転してみろよ!出来るんだろ?」
「あ、代行運転ですね。お任せ下さい!」
それを聞いた俺は恐る恐るハンドルから少しだけ手を離してみた。
コイツ(カブ)を信用してない訳じゃねーが完全に手放しというのは感覚的に怖すぎる。
チラッとメーターに目をやると時速70キロを示していた。こんな速度で転けたら仕事とか以前に命が危ないわ……。
そう思っていたが、ハンドルから手を離したその状態でもほとんど車体はブレず、安定した走りを見せていた。
「お、やるじゃねーか!」
「はははー。どんなもんです?僕はね、カブの鼓動ってもんを感じ取れるんですよ!ははははっ」
まるで人間が調子に乗った時みたいな話し方をする……、まあだるくなったら交代できるってのはありがてえ話だが。
――それから一時間程経っただろうか?
俺とカブが交代しながら運転していると、道幅がそれまでの3分の1程になっている事に気がついた。しかも辺りは山に囲まれた登り坂だ。
「うおっ!これっ、……ウチの家から大通りに出るまでの山道と同じぐらいの
ドゥルルルン――ジャリジャリジャリ……パキパキッ――ドゥルルルルルーッ。
タイヤが地面の小石を引っ掛ける音、小枝がタイヤに轢かれ折れる音、そして山中に響くエンジン音……。
そんな中、俺とカブはギアを2速で、時には1速まで落として慎重に山道を駆け上がってゆく。
「行けるかカブ!?こりゃかなりきつい傾斜やぞ!」
「大丈夫です。カイトさんはアクセルそのままひねってて下さい!僕が障害物を避けるよう細かくハンドル操作するので!!」
「分かった、頼むぞ!!」
アクセルと体重移動は俺が、細かなハンドルコントロールはカブが行うコンビネーション運転で2〜30分は経過しただろうか?
正直、俺は猛烈に疲弊していた。確かに動力はエンジンだが車体バランスを上手くとるだけでも全身の筋肉を使い、アホみたいに体力が奪われていく。
「あああああ、きっつ~!」
「あれ?カイトさん。もうダウンですか?」
「うっせえ!俺の根性を舐めんなよ!!もうちょっとで着くんだろ!?オラッ行くぞ」
「はい!あと5分も走れば……ヘドライト村に着きます!頑張りましょう」
「っしゃーあと5分か!!それなら我慢出来る!行くぞ!!」
「はい!」
ドゥルルルン――!!
やっとの思いで到着したヘドライト村は、直径2~3キロ程の盆地に家が5~6件しかない本当に小さな村だった。
「はーっ、……やっと着いた……。あぁー疲れたー……」
「お疲れ様でした!」
「えーっと……、配達先のワイパーさんの家はどこだ?」
「あっちですね!動かします」
カブは勝手に目的地の一軒家の前まで案内してくれた。
俺は意識が朦朧としていたので非常にありがたかった……。
――死体のようにグロッキーになりながらカブにしがみつくようにしてたどり着いたその家は、レンガで作られたごく普通の一軒家だった。
「ふうーーーーっ」
俺はカブを降りて深く息を吐き、荷物の野菜が入った袋をリアボックスから取り出して肩に担ぎ、ドアの前に立った。
「ちわー……」
そこまで言ってハッとした。
そういや俺、何て言えばいいんだ?
ちわー、〇〇宅配便でーす?〇〇急便でーす?……違うよな。
俺は後で自分の事業の会社名を決めておこうと決意した。せっかくだ、名前はアレにしてやる!
――ガチャッ。
いきなりドアが開いた!俺のさっきの声に反応したんだろうか?
「ええ!?……」
扉から出できたのは一人の老婆だった。何やら驚いているようだ。
俺はとりあえず愛想よく挨拶した。
「ちわー。野菜詰め合わせ持ってきました!」
「も、もう届いたんかいな?ここは町から遠いから数十日はかかる言われとったんやけども……!はーたまげた……」
老婆はそうつぶやいた後も口を開けっぱなしにしていた。よっぽど驚いたらしいな。
ふふ、苦労してここまできた甲斐があったってもんだぜ。
「あんたんトコ、なんという運び屋だね?」
「ん?……」
俺はちょっと戸惑いつつも先程思いついた社名を宣言した。
「俺んとこの会社は『スーパーカブ』!従業員は俺一人だ!!」
そう、俺は配送会社『スーパーカブ』の社長カイトだ!現代ならHONDAに訴えられるかもしれん。
「スーパーカブ――?はー聞いたことないね……」
そりゃそうだ。
「って訳でおばあちゃん。この紙にサインしてくれ」
「あいよ」――。
……ってな感じでまず一軒めの配達が終わって安堵していた俺は、停めていたカブの場所に戻ってビックリした!
ガチャッ、ガチャッガチャッ……。
なんとリアボックスが勝手に空いたり閉じたりしていた!?……カブの仕業だな!何遊んでんだ!?
「お、おいコラ!何してんだ!?」
「あ、カイトさん。別に遊んでたわけじゃないです。荷物が減ったのでリアボックスをちゃんと閉じられるんじゃないかなと思って試してたんですよ」
「あ、ああ。なんだ、……そうか」
そう言えば野菜の袋持って行った時リアボックス開けっ放しだったな。不用心だぜ……。
反省する俺とは対照的にカブは明るい声を飛ばした。
「さあっ。それでは次の納品先へ行きましようか!」
コイツは人間と違い疲れなど感じない様だ。俺はこの不思議な喋るカブにちょっと頼もしさを覚えるのだった。
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