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「何だって!?」


 俄かには信じ難いそのメッセージの内容を自分の目でも確かめようと、巧はステップを駆け登ってレイの肩越しに画面を覗く。


 端末を床に置くと、レイは目にも止まらぬ速度でタイプし、指令席のコンソールと同じ内容を端末の画面に表示させた。


「まずい。Su-24が一機、まもなくここの上空を通過する。しかもかなり高度が低い……」


 言いながらレイは画面を見つめたまま、少しずり落ちた眼鏡を右手の中指で戻す。


「僕ら、見つかってしまうの?」


「ここなら大丈夫よ。あなたはここにいて。私はジープをトンネルまで移動させる。まだエンジンが熱を持ってるから、見つかる可能性が高い」


「そんな……今外に出るのは危険だよ!」


「いいえ。この場所に、放置されたものじゃなく、稼働可能なジープがある、という情報を敵に与える方が、どう考えても危険よ。この場所に何かがある、ということを教えているようなものだもの。巧、あなたはその機器室に戻って入り口を閉めて。あそこにいれば間違いなく大丈夫だから」


 先程までの弱々しさはどこにもない。レイは今や司令官としての威厳を完全に取り戻していた。だが、その彼女に向かって、巧は激しく首を横に振る。


「だめだよ! レイ、ここには君がいるべきだ。ジープは僕が移動させる」


「あなた、車の運転出来るの?」


「したことはないけど、できると思う。何をどう操作すればどうなるかは一通り分かってるつもりだ」


 ふう、とレイはため息をついた。


「そんなんじゃとても無理ね。やっぱり私がやるよ」


 クルリと振り返り、レイは四つん這いで素早くマンホールに戻ると外に這い出す。


「……待って!」


 同じようにして巧もマンホールの穴から飛び出す。その右手が、今にも走りだそうとしていたレイの右手をかろうじて掴んだ。しかし彼女はその手を激しく振り回してほどこうとする。


「離しなさい!」


「ダメだ! 君を行かせるわけにはいかない! 僕は……あの時のように、逃げることは出来ないんだ! もう、絶対に……」


「巧……」


 レイは一瞬たじろいだようだったが、すぐに諭すような顔付きに変わる。


「よく考えて、巧。今最も生き残るべき人間は、私ではなくあなたの方よ。086のバックシーターはあなたにしか出来ない。だけど、私の代わりは朱音にもできる。戦略的に考えれば、どちらがリスクを負うべきかは明らかでしょう?」


「そんなことない! 君の代わりだって誰にも出来ないよ! ここで君を死なせてしまったら、あの時のように、僕はまたずっと後悔することになる。もう、あんな思いをするのは……絶対に嫌だ! ジープは僕が運転する!」


 駆け出そうとする巧の右腕を、レイが両手でがしっと掴む。


「離せよ、レイ!」


「機器室の中に退避しなさい! これは命令よ! 風間大尉!」


「君は今は司令じゃないんだろ? 命令できる立場じゃ……!?」


 レイの手を無理やり振り払おうとした巧は、彼女の目に涙が浮かんでいることに気づく。


「私だって……ジョージのようにあなたを死なせてしまうわけにはいかないのよ! あの時のような思いは、二度としたくない……あんな思いをするくらいなら、いっそ私が死んだ方がマシよ!」


「レイ……」


 巧はレイの顔を覗き込み、そして悟る。


 彼女は、なまじ自らが生き延びてしまったがために、「兄を死なせてしまった」という罪悪感にずっと苛まれ続けていたのだ。だから彼女は、自分を救った兄に対して、感謝と同時に、そんな辛い思いをさせ続けたことに対する恨みにも似た感情を抱いていた。そのような屈折した思いが彼女をして「兄は間違っていた」と言わせたのではないか。


 何と皮肉なことだろう。


 助けたかった相手を助けられずに死なせてしまったことを後悔している巧。


 自分を助けた相手を死なせてしまったことを後悔しているレイ。


 そのような二人の心の傷が今、互いに交錯するジレンマとなって彼らを縛り付けているのだ。


 そんな思いに囚われた巧の一瞬の隙をついて、レイが再び走りだした。


「……レイ!」


 我に返った巧がレイに追いすがり、腕を掴もうとする。その瞬間だった。


 いきなりレイが足を止め、風のように身を翻して巧の懐に飛び込む。


「!」


 巧の動きがぴたりと止まる。彼の鳩尾に、レイの右の拳が突き刺さっていた。


「ぐ……ぅ……」


 がくりと両膝を落とし、巧はそのまま前のめりに地面に倒れる。


「ごめん、巧……」


 レイの声を遠くに聞きながら、巧の意識は急速に薄れていった。


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