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「え?」


 思わず巧がレイを振り返ると、彼女は無表情に、淡々と言った。


「もしメグさんの代わりにあなたが帽子を取りに行って、死んでしまったとしたら……今のあなたと同じくらいにメグさんは悲しんだでしょうね。ううん、あなた以上に、かもしれない」


「……」


 そのように考えたことは今まで一度も無かった。巧はレイの顔をまじまじと見つめる。


 そんな彼に対して、レイは気遣うような視線を向けた。


「辛いこと思い出させちゃって、本当にごめんなさい。でも、あなたの気持ち……よく分かった」


「……ありがとう」


 巧が弱々しく笑うのを見て、レイもさっぱりした笑顔になった。


 突然目の前が暗転し、轟音がこだまする。一瞬巧は何が起きたのか分からず慌てるが、すぐに状況は把握できた。


 二人を乗せたジープがトンネルに入ったのだ。


 トンネル内の照明は点いておらず、ただジープのヘッドライトだけが前方の路面を浮かび上がらせていた。ひんやりした空気の中にジープのエンジン音が轟々と響き渡る。走っている車はたった一台のはずだが、うるさ過ぎてとても会話などできない。トンネルに入る前にレイと一通り話が出来てよかった。巧はほっとする。


 トンネルはそれほど長くなかった。それを抜け、上り坂のカーブを左、右と曲がると、少し道が広くなったようだった。


「さ、着いた。ここよ」ぼそりとレイが言う。


「え……?」


 巧が視線を向けたのに気づかぬ様子で、レイはブレーキを踏みゆっくりとジープを減速させる。道の右手に広がる駐車場のようなアスファルトの地面の向こうに、黒く煤けた瓦礫の山があった。レイはその手前にジープを停め、エンジンを切る。


「ここは?」と、巧。


「かつて道の駅だったところよ。やっぱり……爆撃されていたのね……」


「ええっ?」


 この世界の道の駅も、自分の世界のそれとそう変わらないだろう、と巧は思う。しかしそこにはそのような面影は微塵もなく、ただ建物の一部と思われる焼け焦げた残骸が一面に散乱しているだけたった。


「ここが十一番ノードなの?」巧はレイに問いかける。「これだけやられてたら、もう絶望的なんじゃ……あれ?  でも確か、基地からピンを打った時、応答だけはあったよな……」


「機材はここの建物の裏の地下に隠されてるの」と、レイ。「この程度の爆撃では大丈夫のはずよ。でも、ひょっとしたら……入り口が埋まってるかも……」


 いきなりレイが車を降りて歩き出した。慌てて巧はジープの後席に置いてあるバックパックを背負い、その後を追う。

 建物の裏手だったと思われる場所でレイは足を止め、手元の見取り図と目の前を見比べたとたん、顔をしかめた。


「やっぱり、入り口が埋まってる」


「あ……ほんとだ」


 巧もレイと並んで足元を見下ろす。図面によれば建物の裏にマンホールがいくつかあり、その中の最も奥のものが機器室の入り口だった。しかし、瓦礫と土砂に埋もれているのかマンホールは一つも姿を見せていない。


「参ったなぁ。瓦礫を取り除かないと……スコップで何とかなるかしら?」


「そうだね。それほど大きな固まりはないみたいだし、スコップで十分掘れそうだよ。車から取って来て掘ろうか?」


「ええ、お願い。掘るのは私もやるから。急がないと……あまり長時間外にいると敵機に出くわすかもだからね」


「え、君、スコップ使ったことあるの?」


「無いけど、あなたのやり方を見てれば真似出来ると思う」


「……」巧は内心、これはアテに出来ないな、と思う。


「それじゃ、これ頼める?」右手の親指を立て、巧は肩越しに背中のバックパックにそれを向けた。


「ええ」


 レイがうなずくのを見て、巧は背中のバックパックを降ろしてレイに手渡す。そのまま彼は駆け足でジープに戻り、リアゲートの内側に取り付けられたスコップを外して帰ってくる。


「さあて、っと」


 巧の振り下ろしたスコップが、瓦礫の山に勢いよく突き刺ささった。


---


 能登基地の地下第一ハンガーの中では、朱音以下整備スタッフが全力で086の修理にあたっていた。罪の意識からか隼人も自発的に手伝っていたが、整備が専門ではない彼にできるのはせいぜい物を運ぶくらいである。それでも女子の整備員が二人掛かりでないと運べない部品も彼なら一人で運べるため、それなりに役に立ってはいるようだった。


「……はぁっ……はぁっ……尾翼の部品は全部運んだぜ……」


 隼人が息を切らせながら整備機器コントロールルームに入ってくる。額から滝のように流れ落ちる汗を、首にかけたタオルで拭いながら。


「ごくろうさま。大分作業が進んだから、少し休んでもいいよ」


 コンソールに向かったまま、朱音が言う。


「ふぅ……助かった……」隼人は近くの椅子にどっかりと腰を下ろした。「やれやれ……ったく、巧の奴はいいよなあ。楽な仕事でよ……」


「そりゃあね」朱音は振り返りもせずに応える。「体力だけの誰かさんとは違って、彼はコンピュータの知識は確かだからね」


「ちっ。体力だけで悪かったな」


 ツナギの整備服のジッパーを下ろして胸をはだけさせ、首のタオルで顔の汗を拭きながら、隼人はふと何かを思いついたように朱音に顔を向ける。


「なあ、朱音……お前ってさ、巧に『だけ』は優しいのな」

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