2

 夏の強い日差しが照りつける中、ところどころ爆撃で荒れた道路を、レイと巧を乗せたジープが走っていく。


 よく晴れた空。周囲には緑の山々が広がっている。しかし標高一〇〇〇メートル以上もあるような高い山は見当たらない。道路の両側にはところどころ廃墟があったが、いずれも人の気配は全くなかった。


「たまには自然の風を体に感じるのも悪くないね。暑いけど」


 レイが助手席の巧に笑いかける。既にすっかり普段着となってしまっているダークグレイのフライトスーツ姿の巧に対し、レイは迷彩を施した夏用の歩兵服を身にまとい、眼鏡に装着するタイプのサングラスをかけていた。


「う、うん……そう……だね……」


 ぎこちなくそう答えることしかできない自分を、巧は不甲斐なく思う。


 風になびいて小刻みにレイの髪が揺れていた。やや茶色が交じってはいるが、染めたものではない、亜麻色。


 白色人種の血筋を感じさせる、高く整った鼻筋。


 すっきりとした顎のライン。薄い唇。


 こうして間近に見ると、やはりレイは美人だった。その彼女と今、二人きりで車に乗っているのだ。巧は意識せずにはいられなかった。まだサングラスで目が隠れているだけ救われているかもしれない。あの茶色の大きな瞳で見つめられたら……


 "落ち着け……いいか、これはデートでもなんでもなくて、任務なんだ。レイだってそうとしか思っていないはずだろ……?"


 必死で巧は自分に言い聞かせる。しかし彼は、車に乗ってからのレイの態度に、どことなくよそよそしいものを感じていた。


 やはり、彼女も二人きりであることを意識しているのだろうか。


 "まさか……そんなことあるわけないよな……"


 自分の自意識過剰さに、巧が心の中で苦笑した時だった。


「ねえ、巧……」


 いきなりレイに呼びかけられて、巧はギクリとする。


「え……?」


「いい機会だから、私、あなたに一つ聞いておこうと思って……ね」


 レイはサングラスをつけた眼鏡を外そうとして、おっと、運転中だったね、と言いつつまた顔に戻す。


 彼女の癖だった。何か大事なことを誰かに話そうとする時、レイは眼鏡を外して相手を見ようとするのだ。彼女と何度か顔を合わせるうちに、いつしか巧もそれに気づいていた。


 眼鏡を通さず直接目を合わせた方が、自分の意志をより伝えられる、と思っているのかもしれない。あるいは、眼鏡を取ってわざと視力を落とし、相手の表情がよく見えなくなった状態の方が話し易いのかもしれない。いずれにしても眼鏡などかけたことのない巧には、その本当の理由は分からなかった。だが、少なくともレイがこれから何か重要な事柄を巧に話そうとしている、ということだけは間違いないようだった。


「な……何?」巧はゴクリと唾を飲み込む。


「うん……少し言いにくいんだけど……」


 レイの言葉と表情に、巧は落胆を覚える。おそらく彼にとってはあまり歓迎しづらい類いの話題を切り出そうとしているのだろう。ひょっとしたら、彼女の様子が妙によそよそしかったのもそのためだったのかもしれない。


 覚悟を決め、巧はレイの次の言葉を待った。


「前に、私たちがあなたたちに『086に乗って戦って欲しい』と言った時、隼人は拒否したよね。脱走なんかもしたりして」


「ああ」


「でもね、私は、それが普通の反応だと思うの。いきなりそんなこと言われても混乱するだろうし、まして命がけで戦えなんて言われたら……反発して当たり前だと思う。私自身も同じ立場ならそうするかもしれないし……だから、私はあなたも同じように拒否する、と思ってた」


「……」


「だけど……あなたはまるでそれが当然、とでも言うようにすんなり受け入れたよね。私は、それがなぜなのか……分からない……」


「う……」


 さすがに鋭いな、と、巧は内心レイの観察眼に恐れ入る。どうやら彼の悪い予感は当たりそうだった。


 レイは少しためらっていたようだが、やがて意を決したように口を開く。


「正直言って、私には、あなたが何を考えているのか分からないの」


「……!」


 "ああ、やはりそうきたか……"


 覚悟はしていたつもりだった。が、その一言は巧の胸にぐさりと突き刺さった。


 レイは前を向いたまま続ける。


「私は、昨日も言ったと思うけど、あなたたちとは一蓮托生だと思ってる。でも、そのためにはお互いをちゃんと信頼しあわないといけないよね。だから……聞きたいの。あなたが何を考えているのか……どういう思いで、086に乗っているのか……」


「……」


 苦悶の表情を浮かべて沈黙し続けている巧の様子を、横目でちらりと見たレイは、ふっ、と短く息を吐いた。


「ごめん。言いたくなかったら無理に言わなくていいよ。今のは聞かなかったことにして……」


 取って付けたような笑顔をレイは浮かべてみせるが、巧はそれを見ようともせず、うなだれていた。


 確かにそれは触れて欲しくないことではあった。が、レイのその疑問も至極当然のものだ、と巧は思う。このまま応えずにいては、レイは彼に不信感を抱いたままになってしまう。そしてそれが今後良い方向に働くとは到底思えない。


 巧は決心する、と同時に顔を上げる。


「ううん……そうだね。君の言う通りだ。ちゃんと話した方がいい……と僕も思う……」


「本当に話したくなかったら、別に話さなくても……いいよ?」


「いや、話すよ。ただ、他の人には言わないで欲しいんだけど……」


「もちろん約束する。誰にも言わない。朱音にもね。あ、でも、隼人は知っている話なの?」


「一応は、ね。でもあいつは……その場にいたわけじゃないから……」


「そうなんだ」


「ああ。それじゃ……少し長くなるけど、いいかな?」


「かまわないよ」


「分かった」


 巧は訥々とつとつと話し始める。


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