21
"ち……やっぱりそうきたか……"
反動でわずかによろめいた隼人は右足を踏み出して体を止め、左頬を押さえてレイを睨みつける。
「何しやがんだよ……」
「それは私のセリフよ!」レイも負けじと隼人を睨み返した。「何考えてんのよ! 命令を無視すればどういうことになると思ってるの? 正規軍だったら軍法会議ものなのよ? とても殴られるくらいではすまないんだから」
「……別に、戦果を上げて帰ってきたんだから、いいじゃねえかよ」
「戦果ですって? あなたたちは危うく命を落とすところだったのよ? ろくな武装もなしに単独で二機を相手にするなんて、自殺行為もいいところよ。だけどあなたは帰投命令を無視して独断で行動し、その結果、自分の機体にダメージを与えた」
「かすり傷程度だろ?」
「そう思う? 尾翼が壊れてるのよ。ちゃんと直さないと飛べないし、各部のチェックまで含めて修理には二日近くかかるって朱音が言ってた。その間に敵が攻撃してきたらどうするの? この基地には他に迎撃出来る機体はないのよ?」
「く……」
「この前のあなたたちの『ガーディアン』の撃墜で、たたでさえ敵はこの辺りの監視を深めているかもしれない。そこで敵機が立て続けに二機も撃墜されたら……絶対にこの付近は怪しまれるでしょうね。基地が攻撃を受ける可能性だって否定出来ない。戦術的には大失態と言えなくもないと思う」
そう言って肩をすくめるレイを、隼人はふてぶてしくねめつける。
「ふん……そうかよ。そりゃ悪かったな。だったらさっさと追い出しゃいいだろ。どうせ俺たちは、疫病神みたいなもんだろうからな」
「疫病神?」レイはきょとんとして隼人を見つめ返した。
「ああ。俺たちがここに来てなきゃ、お前らは放棄されたこの基地で、それなりに平和に生きてくことが出来たんだろ? だけど、俺たちが来たばっかりにまた戦いに巻き込まれ、危険にさらされることになっちまった。ほんとは、今日俺たちが帰ってこなかったほうがよかったんじゃねえのか?」
隼人の目の前で、レイの表情がみるみる険しくなっていく。怒りからか、彼女の体が小刻みに震え始めた。
「何ですって……もう一度言ってみなさいよ……」
「隼人、もうやめろ……」
巧が隼人の右肩を左手で掴んで制止しようとするが、隼人は聞く耳を持たない様子で続けた。
「おう、何度でも言ってやらぁ。俺たちは疫病神なんだろ? だから俺たちなんか帰ってこなかった方が……」
隼人がそこまで言いかけたその時、レイの右手が素早く動いた。
「!」二度目の平手打ちに備えて、隼人は素早く目を閉じ身構える。
しかし、覚悟していた左頬への衝撃はなかなか訪れなかった。
「……?」隼人は恐る恐る目を開く。
レイは握りしめた右手を下に降ろし、うなだれていた。
"うわ……こいつ、今度はグーパンするつもりだったのか?"
さすがに隼人も背筋に冷たいものを感じる。
やがてレイが顔を上げる。そこに浮かんでいた表情は、怒りではなく悲しみだった。
「私たちはね、この基地で、今まで数知れないパイロットたちを見送って来たの。だけど、そのほとんどがここに戻ることはなかった……全滅して一機も帰って来なかったことだって、一度や二度ではないのよ。そんな時、私たちがどんな気持ちだったと思う?」
「……」隼人はただ無言で、レイの顔を見つめていた。
「朱音はね、いつも泣いてた」
「え……?」
「誰にも分からないようにしてたけど、私は知ってた……彼女が隠れて何度も泣いてたこと……」
「朱音が……?」
「彼女は、自分の整備が悪かったせいで、飛行機が性能を十分発揮できなくて、それで撃墜されてしまったんじゃないかって……いつも自分を責めていたの」
"あんたたちを整備不良で死なせるわけにはいかないからね……"
昨夜の朱音の言葉が、巧の脳裏に不意に甦る。
"そうか、やっぱり……朱音は泣いてたんだ……"
胸が激しく痛むのを、巧は感じていた。
「私はね……ふふっ、もっとバカだった……」
レイの顔に自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「私、一時期パイロットたちに冷たくしようとしてたの」
「え……?」思わず隼人はレイを凝視した。
「仲良くなってしまったら、その人が死んだ時、とてもつらいから……悲しいから……だから、私は、仲良くならないようにわざと、パイロットたちに冷たくしようと……思ってた……でも……でもね……」
レイは声を詰まらせる。涙が一筋、彼女の頬を伝った。
「結局……そんなこと、できなかった……だって、死ぬかもしれないのに……ううん、出撃したらほぼ間違いなく死んでしまうのに……それなのに、みんな何も言わずに出撃していくのよ。『君たちのことは絶対に守るから』って……そう言って、笑って出撃していくのよ……」
とうとうレイはしゃくり上げ始める。
「どうして……どうしてそんな人たちに冷たくできるのよ! どうして優しくしてあげられないのよ!……そんなこと……そんなこと、できるわけないじゃないのよぉっ……!」
吐き出すようにそう叫んで、レイは激しく嗚咽する。
その様子を、巧と隼人は成す術もなくただ見つめることしかできなかった。
常に冷静沈着、気丈な印象しか彼らに与えていなかった、レイ。その彼女が今、彼らの目の前で、ぼろぼろと涙をこぼしている。それだけでも、彼らにとっては十分に衝撃的なことだった。
管制室の奥から、ぐすっ、と鼻をすする音が聞こえて来る。真奈美と里奈の二人も泣いているようだった。レイの言葉に、自分たちにも思いあたることがあったのだろう。
「レ……レイ……」
隼人の、そのかすれた声をきっかけに、レイはようやく自分が取り乱していたことに気づく。
なんてことだろう。最初は確かに演技で激高してみせていたつもりだった。それなのに、隼人を怒鳴りつけている内に徐々に感極まってしまい、いつしか涙を流していた。
しっかりしろ、お前は基地司令なんだ。レイはそう自分に言い聞かせ、ぐい、と右の拳で乱暴に涙を拭うと、再び隼人を睨みつける。
が、すぐに彼女は、ふっ、と息を吐き表情を緩めた。
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