19

 四〇分前。


「……じゃあ奴を撃墜するしかない、ってことか? だけど、武器は全部ビンゴなんだぞ」


「そりゃあそうだが……」


 そう言って兵装ストアパネルを見た巧は、そこに信じられないものを見つけ愕然とする。それは同時に、それまで086の動きが鈍かった理由をも彼にもたらした。


 "わかったぞ! そうか……そういうことだったのか。それで機体の動きが……ごめん、朱音。少しでも疑ってすまなかった……君の整備の問題じゃなかったよ……"


 巧は心の中で朱音に謝り、前席の隼人に呼びかける。


「隼人!」


「うわぁ! 何だよ、びっくりさせやがって……」


「ストアパネル見てみろ」


「?」


 言われて隼人は右側のMPDに表示されている兵装ストアパネルに視線を移した。そして、即座に巧の言わんとしていることに気づく。


「……ああっ!」


 それはペイロードにSPK39とAN/ALQ184が未だ装着されたままであることを示していた。


「お前……ポッド全部落としてなかっただろ……」


「……」言葉を失った隼人の顔が、恥ずかしさでみるみる赤らんでいく。


 SPK39は重量が七三〇キログラムであり、大きさも増槽タンク並みである。空気抵抗も機体重量も増やすので、それを装着したままでは、当然格闘戦時の運動性に影響をきたす。


 しかも、SPK39によって得られた情報は、既に全てデジタル化されて機内のデータストレージに保存されていた。ECMも目視距離のドッグファイトになってしまえばあまり必要性はなくなる。よって、生きるか死ぬかの空中戦の最中にまでこれらを後生大事に抱えている必要は、実は全くなかったのだった。


 "しまった……どうりで機体の動きが鈍いわけだぜ。やっぱり、初めての空中戦で舞い上がっちまってたんだな……こんな基本的なことを忘れてるなんて……"


「くそ……サルボ(一斉投下)してやる……」


 己の愚かさを呪いつつ、隼人は兵装投下モードスイッチに手を伸ばした。が、


「まて、隼人!」


 間髪を入れず飛んだ巧の声に、彼の手が止まる。


「ああ? 今度は何だよ?」


「お前……さっき武器が何もない、って言ったよな」


「おう。その通りだろ」


「いや、あるじゃないか。ここに、な」


「だから、何がだよ?……って、まさか……」


「そう。ポッドがある」


「……なんだとぉ?」隼人は目を丸くして後ろを振り向く。「巧、お前……何言ってんだ? 正気か?」


「もちろん正気さ。ポッドだって立派な武器だよ。直撃すれば間違いなく奴を撃墜できる」


「あのなあ……んなもんどうやって直撃させるんだよ? 無理だろそんなの……」


「十分離れてから奴を全速力で追い抜いて、ヘッドオンのコースに乗せよう。燃料だけは十分あるからな。で、奴の二〇メートルくらい上を飛ぶようにして、すれ違いざまにポッドを落として、奴にぶつける」


「お前、そんなこと本当にできると思ってんのか?」


「簡単さ。高度二〇メートルをマック (マッハ)2の速度で飛んで目標を水平爆撃すると思えばいい」


「そんな高度をそんな速度で飛べるわけねえだろ!」


「だから、原理的な話だよ。僕の言うとおりに飛べば、基地の手前一〇キロで奴を撃墜できるはずだ。奴から基地を守る方法は、これしかない。どうだ、"ハッチ"? やれる自信ないか?」


「……」しばらく隼人は押し黙るが、やがて、少し恨めしそうな顔でちらりと巧を振り向く。


「ったく、無茶振りしやがって……分かったよ、やってやらぁ!」


「ようし決まった。レーダーはオフのままだ。ベアリング176、 クライム、ワンシックスタウザン バイ ゲート (方位176、一六〇〇〇フィートまで最大推力で上昇)」


「はいはい。ウィルコ (了解)だよ」


 隼人は操縦桿を引く手に力を込める。


 アフターバーナーを使い、気づかれないように遠回りをして敵機を追い越しつつ、一六〇〇〇フィートまで上昇。巧の計算が正しければ、敵機は同高度で八時の方向五マイルにいるはずだった。


「さあて、"ロック"さんよ、こちらの準備は整いましたぜ」


 口調とは裏腹に、隼人は真剣な表情でHUDを見据えていた。


「……ようし出来た」キーボードを必死に叩いていた巧の指がようやく止まる。


「爆撃用のプログラムをカスタマイズしたからな。FCSはGRND(対地攻撃Ground)で、HMTDにロックオンのマークが出たら投下。タイミングは一瞬だからな、投下予想時刻までのカウントダウンも表示する」


「了解」と、隼人。「ポッドは一発ずつ落とすのか?」


「いや、全部一気に落とせ。ヘッドオンだから相対速度が速すぎて、反転してもう一度攻撃をかける時間はない。その間に奴は基地上空に到達してしまう。だから、チャンスは一回きりだ。逃したら後はないぞ」


「くそ……プレッシャー与えんじゃねえよ。で、奴に回避されたらどうすんだ?」


「それはないな。恐らく奴にはあまり燃料が残っていない。回避機動を取らずにミニマムレンジでパスして逃げ切ろうとするさ。場合によっちゃ、向こうがこっちを狙って撃ってくるかもな。それなら針路は絶対変えないだろう」


「そうか……って、それじゃこっちがやられるかもしれない、ってことじゃねえかよ!」


「ま、ヘッドオンで弾が当たる確率は低いから、心配ないだろ。お前だってさっき全然当たらなかったじゃないか」


「それでも、落としたポッドが当たる確率よりは高いんじゃないのか?」


「……」


「……」


 二人の間に流れる微妙な空気を打ち消すように、巧が怒鳴った。


「……僕のプログラムが正しければ、必ず当たる! 信じろ!」


「どうだか……ま、ここまできたらやるしかないわな。ようし、行くぞ!」


 隼人はレーダーを作動させてFCSをGRNDモードに入れ、機体を傾けて旋回を開始する。


 一二〇度ほど旋回したところでHMTDに目標のTDボックスが表れる。敵のコース、高度、距離、速度は全て巧の計算どおりだった。隼人はそのまま目標をHMTDの中心に捉え、自機を敵機とのヘッドオンのコースに乗せる。兵装投下スイッチをサルボ・モードに。


 巧の予想どおり、敵はそのままコースを変えずに突っ込んできた。RWRが警報を鳴らす。正面からレーダー照準波が照射されているのだ。


 相対距離を示すHMTDの数値が見る間に小さくなっていく。カウントダウン開始、三秒前。


 敵の放った機銃弾が、初速に自機と敵機の相対速度を加えたすさまじい速さで、キャノピーの数メートル横を飛び去って行く。


 "くっ……こんなのがキャビンを直撃したら一たまりもないぞ……"


 隼人は額に冷や汗をにじませながらも、ぐっとHMTDを睨みつける。と同時に、視力2・0オーバーの彼の目に敵機が小さい黒点となって映り、それがぐんぐん大きくなっていった。ロックオンサインが点灯。


「行けえ!」


 カウントダウンの数値がゼロになった瞬間、隼人は操縦桿の投下ボタンを押す。機体が一気に軽くなった反動で機首が一瞬上を向くが、すぐにコンペンセーターが姿勢を自動的に修正した。


 086の二〇メートル真下を、敵機が相対速度一〇四〇ノットで駆け抜ける。通過した敵機が起こした乱気流が、086の機体を激しく揺さぶった。


 "当たってくれ!"


 巧は祈りつつ、後ろを振り返り……そして息を呑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る