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 この攻撃に失敗したら、間違いなく彼らはかなり不利な状況に立たされる。一撃必殺の気合を込め、隼人は一秒間トリガーを引き続けて機関砲弾を五〇発発射、左へ回避する。


 機体を水平に戻し、巧と隼人が同時に後ろを振り返ると、右主翼の燃料タンクを打ち抜かれた敵機が炎に包まれて墜落していくのが見えた。


 敵は典型的なアイボール・シューター戦法を取っていた。一般的に、アイボール (おとり)を務めるのは熟練者で、より未熟な者がシューター (攻撃者)となることが多い。一対二の戦いではまず撃墜しやすい方から攻撃するべきであり、隼人と巧はアイボールを追うと見せかけて、最初からシューターに狙いを定め、攻撃するタイミングを計っていた。その作戦は見事に大当たりしたようだった。


「よっしゃ!」


 隼人は右手を操縦桿から離し、グッと握りしめて小さくガッツポーズを作る。野球の試合で、相手の打者を三振に打ち取った時の、彼のいつもの癖だった。


 しかし、その直後、後から伸びて来た何かによって、隼人のヘルメットがポカリと小突かれる。


「……てっ! 何すんだよ!」


 振り返った隼人の目に入ったのは、プラスチック製のマジックハンドだった。長さ八〇センチ、柄がアルミ製の本格的なもので、グリップについているハンドルの操作でつかみ口が開閉するようになっている。その先端が隼人の頭を突いたのだった。


 巧が言うところの「086の最も重要な特別装備」であるそれは、前席のパイロットに何か異常が発生して操縦不能になった場合に、前席にしかない装置を後席から操作するため、という名目で巧が後席に備え付けたものだった。しかしそれがその本来の目的のために使われたことは未だに一度も無く、巧が前席の隼人にツッコミを入れる時に用いられるのが常だった。


「馬鹿野郎! もう七五も機銃弾アーモ使いやがって……あともう一機いるんだぞ? 大体、さっきのヘッドオンの射撃はなんなんだよ! あんなの当たるわけないだろうが!」


 巧の叱責がヘッドフォンを通じて隼人の両耳を貫く。


 F-23の機関砲の装弾数は二五〇発。既にその三分の一近くが消費されていた。


 もちろん隼人も、ヘッドオンでガン攻撃を行っても命中率がかなり低いことはよく知っていた。しかし、過去の空戦の歴史の中で、正面からのガン攻撃により敵機を撃墜した例は意外に多い。ヘッドオンで向かい合い三キロメートル程手前から相手のやや上方を目がけて弾幕を張るように機銃を撃つ戦術は、現代の航空戦でもある程度は有効とされている。


 だが、隼人はあの時、そんなことは全く考えもしていなかった。彼の行為はただ単に彼自身の防衛本能が発露した結果だった。それを抑える余裕も彼にはなかった。要するに、彼は怯えたのだ。


 「この世界の彼ら」の経験がそのまま身についているとは言え、今の彼らにとっては初めての実戦である。隼人が怯えるのも無理はなかった。


「し、心配ねえよ……今撃墜おとした奴と一緒にアーチャーも潰したからな」


 隼人は平静を装ってみせるが、付き合いの長い巧にそんな演技が通用するとは彼も思えなかった。


 加えてもう一つ、隼人を不安にさせていることがあった。


 機体の反応が今一つ悪いのだ。エンジンの出力は問題ない。操舵の初期応答も悪くない。それなのに、いつもよりも動きが鈍い気がしてならない。


 同じことを巧も感じていた。隼人の操縦の腕が鈍ったわけではないのは、今まで彼の操作のタイミングが常に的確であったことからも明らかだ。にもかかわらず、機体が思うように動いていない。


 朱音の整備が悪かったのだろうか。だが、昨日の彼女の熱心な作業の様子を知っている巧は、そのようにはどうしても思いたくなかった。


 RWRがアラーム音を立てる。


「来るぞ! エイト・ハイ! (八時上方)」


 後ろを振り返った巧が叫ぶ。高Gの旋回を行ったため086の運動エネルギーはかなり失われていた。敵は既に一マイルの距離まで近づいている。


 とは言え、このような展開は二人とも予想済みのことだった。敵機はアーチャーを撃ってこない。隼人の読みどおり、最初にヘッドオンですれ違う前にアーチャーを撃ったのは、この機体なのだろう。


 アフターバーナーを数秒点火し、隼人は右へ急旋回。敵機もロールしながら086に追いすがる。


 次の瞬間隼人は素早く左にロールして旋回。しかし敵機も同様に切り返す。そのまま右へ左へ、横転旋回の応酬が続いていく。ローリング・シザーズと呼ばれる空戦機動である。二機が互いに絡み合うように機動する様子が、切り進むハサミのように見えることからこの名前が付いた。


 "ちっ……"


 何度目かのシザーズの後、隼人は心の中で舌打ちする。


 "こいつ……やっぱ相当のベテランだな……オーバーシュートしやしねえ……"


 敵機を動かしている人工知能は、戦闘時に人間のように学習を行うため、出撃を何度も経験している機体はそれなりに戦闘技術が向上している。それらは歴戦の強者つわもの……即ち「ベテラン」と統合軍のパイロットに呼ばれていた。今彼らと戦っているMiG-29は、まさにそのようなベテランの一機だった。最初にアイボール役を務めたことから、この敵はそれなりに強いだろう、と予想していた隼人も、ここまでとは思っていなかった。


 敵機のオーバーシュートを見越して隼人が撃った機関砲弾は、すべて外れていた。もはや残弾は二〇発しかない。


 "ちくしょう……いいかげん決着つけないと……"


 隼人の焦りは頂点に達していた。


「巧、コブラで一気にケリをつけるぞ」

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