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 警告音が鳴る間隔が短くなる。RWRが敵ミサイルの発する電波を検知したのだ。


「来たぞ! ミサイル……四発……たぶんアダーだ!」


 巧がレーダー警報のデータディスプレイとレーダースクリーンを交互に見比べながら叫ぶ。


 R-77、NATO名 AA-12 Adderは、発射直後は母機が自らのレーダーを使って誘導するが、目標に近づくと自らレーダー波を出して目標を追跡する、アクティブホーミング方式のロシアの空対空ミサイルである。射程距離は約四三マイル。


「ふん……一気に四発も、か。随分気前がいいじゃねえか」


 言葉とは裏腹に、隼人の声は少し震えていた。無理もない。とうとう実戦が始まるのだ。隼人は全身が一気に緊張するのを感じる。


「ハード ライト。ジロ・ツリー・ジロ (右へ急旋回。方向、030)……ナウ」


「030、ラジャー」


 巧の指示に応えて、隼人はスロットルをミニマルAB(最小アフターバーナー出力)ポジションへ入れ、機体を傾けて右へ急旋回、巧が指示した方向へ機首を向ける。


 旋回終了の二秒前にアフターバーナーが点火。旋回によって失った運動エネルギーを取り戻す。

 相手の針路に対し九〇度真横に飛ぶビーム機動。パルスドップラーレーダーの原理上、このように自分の針路に対し直交して進む目標は捉えにくくなる。敵のレーダーをあざむく空戦技術の一つだった。


「クロスアイジャミング、エンゲージ」


 巧はECMパネルを操作して、胴体下のハードポイントに装着されているECMポッド、AN/ALQ184をクロスアイジャミングモードで動作させる。これは、敵のレーダー波を受信しそれを加工して敵に向かって発信することで、相手のレーダーに映る自分自身の位置を欺瞞ぎまんする、ディセプションジャミング(欺瞞型電子妨害)の一種である。


 後ろを振り返り、全てのミサイルが逸れていったことを確認した巧は、ほっ、と胸を撫で下ろした。アラート音の間隔が元に戻る。


「アーム オン! ヘッドオン・パスするぞ!」


 隼人は主武装を使用可能にするマスターアーム・スイッチを入れ、機を左に急旋回ブレイクさせた。HMTDの視界の中心にTDボックス(目標提示ボックスTarget Designation Box)を捉える。二機の敵機はほとんど離れていない。相対速度は九八〇ノット 。高度は若干086の方が上だった。


「撃ってこねえな。もうアダーは撃ちつくしたか?」


「たぶんな。でもまだアーチャーがあるだろう」


「だ、な」


 R-73、NATO名 AA-11 Archer。この小型ミサイルは、相手の排気ノズルから放出される赤外線を目標にして、その機動性によってどこまでも追っていく。しかもその性能は西側の同種のミサイルであるAIM-9サイドワインダーよりも高いと言われている。ただし射程距離レンジが短いため、ほぼ目視できる範囲でないと使えない。


 敵との距離はまだ十分離れているが、正面対向ヘッドオンだからあっという間に接近する。レンジに入る前に撃ってくるだろう。隼人は顔を引き締める。


 機体四カ所に設置されているMAW-300がミサイルの発射炎を感知してアラート音を発する。MAW-300はスウェーデンのSAAB社が開発したミサイル接近警報Missile Approach Waring装置で、ミサイルのロケットモーターが発するソーラーブラインド領域 (大気に吸収されて地表に届かないため、太陽起源の紫外線ではありえない波長)の紫外線をキャッチするセンサーを備えている。


「アーチャーがくるぞ! オン・フレア!」


 叫ぶと同時に巧はフレアスイッチをON。機体後部のディスペンサーから明るく輝くフレアが立て続けに八発放たれ、煙を吹きながら放物線を描いて落ちていく。フレアは赤外線ホーミングタイプのミサイルを逸らすための欺瞞装置で、マグネシウムと火薬を燃焼させて強烈な赤外線を放出する。二発のアーチャーはその赤外線に惑わされて086の真下に逸れていった。


 通常、赤外線ホーミングタイプのミサイルは目標の後ろから排気ノズルに向かって撃つものだが、この敵機は真正面から撃ってきた。確かにアーチャーは空気の断熱圧縮で加熱された機首部分から発する赤外線を捉え、それに向かって行くことができる。しかし目標に当たらずすれ違ってしまったら、反転して相手を追跡するだけの燃料がないため、もうそれ以上目標を追うことはできないのだった。


 正面に敵影が現れる。


「うぉっ!」


 敵機を視認した瞬間、隼人は反射的に機銃のトリガスイッチを引いていた。〇・五秒間に二五発の二五ミリ弾が発射される。隼人の指がトリガスイッチから離れた瞬間、086と二機の敵機は相対速度一〇五〇ノットですれ違う。


 やはり敵は二機ともMiG-29、NATO名Fulcrumだった。双発エンジン、ブレンデッドウイングボディの小型の戦闘機。機動性は非常に高く、ドッグファイトの相手としては非常に手ごわいと言える。


「ブレイク、レフト!」巧が叫ぶ。


 隼人は操縦桿を一瞬左へ押して戻し、機体が左に九〇度傾いたのを見計らってから、さらに操縦桿を後ろへ一気に引く。アフターバーナーを焚いたまま、5Gをかけて左旋回。

 空戦時にかかるGとしては5Gはまだ低い方だが、それでも首を動かすことは難しい。隼人は目だけを動かして敵の動きを探る。


 隼人の放った機関砲弾は全くヒットしなかったのだろう、敵も二機とも向かって左側に旋回していた。互いに相手の後方に食いつこうと機動する、ドッグファイトの始まりである。


 空戦時の旋回は、いたずらに高Gをかければよいというものではない。高Gの旋回は速度の低下を招く。速度が遅くなれば旋回半径は小さくなるが、旋回にかかる時間は長くなる。さらに、低速度の状態は空中戦の勝敗を左右する重要なファクター、運動エネルギーカイネティック・エナジーを失っていることを意味する。


 戦闘機が最も速く旋回することができる速度をコーナー速度corner velocityと呼ぶ。これは高度によっても異なるが、F-23では常にコンピュータによってそれが自動的に計算され、HUDおよびHMTDに表示されている。今の086の場合は約三八〇ノットだった。


 この速度を保ったまま旋回を続け、相手の後方に徐々に近づいていく。相手のミスを誘い、自分のミスは極力抑える。地味なようだが、これが一対一の空中戦の基本なのである。そして隼人もその基本に忠実に機を操り、旋回しながら徐々に敵機に自機を近づいていった。しかし今、彼らは一機なのに対し敵は二機いるのだ。一対一のセオリーはそのまま通用しない。


 敵の一方がいきなり背面になったかと思うと、機首を下に向けて降下し始める。


「スプリットした!」隼人が叫ぶ。


「やっぱりな。隼人、分かってるな」と、巧。


「ああ、もちろんだ」


 このように敵機が分かれた場合は、まずそのまま高度を保っている方の敵を狙うのが定石である。その定石のとおり、隼人も残された方の敵機を追跡する。


 しかしこの時、巧は降下した敵機の動きを追っていた。


 隼人に追い詰められていく敵機が右に旋回する。と同時に巧が叫ぶ。


「隼人! 今だ!」


「おう!」


 応えるや否や隼人は左に機体を一二〇度ロールさせ、6Gをかけて旋回降下スライスターン。先程分かれて降下したもう一機のMiG-29が086に向かって上昇しはじめていた。その鼻先に向かって機体を捻りこむ。


 FCSをCAC-BORE(近接対空戦闘・目視距離Close Air Combat - Boresight)モードへ。ただしレーダーは切り、EOTS(電子光学ターゲティングシステムElectro-Optical Targeting System)を作動。IRST(赤外線捜索/追跡システムInfraRed Search and Trace)を内蔵したスキャナーが敵機をロックオン。TDボックスに菱形のロックオンマークが重なる。


 EOTSスキャナーはレーダーと違い電波を発射しないため、敵にロックオンを悟られることがない。F-23の前降着脚ノーズギア手前の機体底面から下向きに多角形の半透明のカバーがはみ出しているが、その中にEOTSスキャナーが収められているのである。それはまさにF-23の電子の眼なのだ。


 操縦桿を巧みに操作して、隼人は着弾点を示す十字ピパーをTDボックスに重ねた。距離、〇・三マイル。彼は機関砲発射をコールする。


「フォックス・スリー!」

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