13

 敵性レーダー波受信の警報音を聞き、脅威スクリーンでそれが前方から照射されたものであることを確認した瞬間、隼人は086のレーダーのスイッチを入れ、FCSをBVR-SCAN(視界外射程-走査Beyond Visual Range - Scan)モードで動作させる。


 レーダーの電波が敵に受信されれば、自分の存在を敵に知らせることになる。そのため戦闘機は通常、レーダーを作動したままにすることはない。しかし、不明機からのレーダー波は086を探知するのに十分なほど強かった。おそらく086が発見されたことは間違いない。とすれば、むしろこちらもレーダーを使って相手の正確な位置を把握しておくべきなのだ。


 レーダースクリーンに二つの機影が灯る。


 方位040、距離三八マイル。IFF(敵味方識別装置Identification Friend or Foe)は最初から当てにできなかった。IFFを使う場合は、事前に味方同士で打ち合わせた上で味方信号フレンドリー・スクォークを決めておく必要があるのだ。


 すぐさま隼人はレーダーを切り、後ろを振り返って叫んだ。


「巧、どういうことだ? 横田や厚木から迎撃に来たって、こんなに早く追いつけないはずだろ?」


「日本からじゃないな。方向が違う。おそらく大陸の基地から日本のどこかの基地に向かう、LA(連絡機Liaison Aircraft)かなんかじゃないか?」


 いたって冷静に巧は応える。


「ってことは……偶然出くわしちまった、ってことか?」


「ああ、多分な。脅威ライブラリと照合した解析では、八〇パーセントの確率でMiG-29だ。奴らもコースを変えたぞ。こちらに向かってくる」


「く……」


 隼人は唇を噛み締める。


「Hawk01, Tower, Return to base immediately! I say again, return to base immediately! That's a direct order! (ホーク01、こちらタワー。直ちに帰投せよ! 繰り返す、直ちに帰投せよ! これは命令だ!)」


 無線を通じて響くレイの大声に、思わず隼人はどなり返した。


「バカ言うな! 今戻ったら、基地の存在をわざわざ敵に知らせるようなもんだろうが!」


「問題ない! 一刻も早く帰投せよ!」


「……」


 レイはおそらく基地の対空防衛システムを使って迎撃するつもりなのだ、と隼人は判断する。しかし、それはいずれにしても基地の存在を敵に伝えることになる。結果的に基地を危険に巻き込む可能性が高い。


 今はできるだけ敵機を基地から引きはなさければならない。幸い燃料は十分残っている。隼人は兵装ストアパネルを確認する。機銃弾アーモ、二五〇発。武装はそれだけしかない。


 "それでも、やるしかない……か……"


 隼人は覚悟を決め、無線の送信スイッチを入れる。


「Tower, Hawk01, intercept enemy (タワー、こちらホーク01、敵を要撃する)」


「バカ言わないで!」間髪を入れずレイの怒声が返ってきた。「あなたたち、一発もミサイルないでしょ? しかも単独で二機を相手にするなんて、自殺行為よ!」


「大丈夫だ。機関砲がある」


「無茶言わないでよ! 今すぐRTB(基地への帰還Return To Base)しなさい! 命令よ!」


「もちろん必ず戻るさ。敵機を撃墜してからな」


「Right now! 今すぐによ!」


「Tower, Hawk01, Engage. Radio silence active. Over and out (タワー、ホーク01、交戦開始。無線封鎖を行う。以上、通信終わり)」


 そう言って隼人は無線のメインスイッチを切り、ふぅ、と息を吐く。


「またやっちまったな」巧だった。


「ああ……これで通算何度目なんだろうな、命令違反……ま、今の俺たちにとっては初めてだがな」


 隼人が自嘲気味に呟くのを聞いて、巧も苦笑する。


「全く、お前の無鉄砲にはつくづく呆れるよ」


「自分でも呆れてるさ。でも……わざわざ敵に基地の存在を教えてやることもないだろう」


「そうだな。その判断は正しいと思う。僕がお前でも、同じ事をしただろうな」


「けどな……状況はかなり悪いぜ。レイの言うとおり、機関砲だけで二機を相手にするのはかなり無茶だ。しかも、俺たちにとっちゃ初めての空戦だ……死ぬかもしれねえな……」


 そう言って隼人は、バックミラー越しにちらりと後席の巧を見やる。


 巧はバイザーを上げ、軽く笑ってみせた。


「なんだよ、お前らしくないな。今までだって似たようなことは何度もあっただろう。だけど、その都度『この世界の』僕たちはそれをくぐり抜けてきたんだ。彼らにできて、僕らにできないことはないよ。だって、彼らは僕ら自身なんだぜ」


「まあ……そうだけど、な」


「僕らが力を合わせれば、きっと大丈夫さ。新生『トロポポーズの鷹』の実力を、彼女たちに軽く見せつけてやるのも悪くはない、ってもんだろ」


「……ったく、てめえも随分無鉄砲なこと言うじゃねえかよ」


「朱に交われば、って奴だな。ほら、レンジインしたぞ」


 RWRが中射程ミサイルの警報音を鳴らし始めた。隼人は顔を引き締める。


「いよいよ本番だ……行くぞ、"ロック"!」


「オーライ、"ハッチ"!」


 086は翼をひるがえし、三〇マイル先の敵機へ機首を向ける。


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「ホーク・ジロワン、ホーク・ジロワン、ドゥ ユー リード? ドゥ ユー リード? レスポンド、レスポンド、イミディエイトリー……お願いです……応答してください……」


 真奈美の必死の呼びかけにも、応答はない。


「Damn!」声と共に、レイの右の拳が机に打ちこまれた。


 真奈美が半泣きの顔で振り返る。


「司令、コールを続けますか?」


「いや、もういいよ。どうせ連中は聞いちゃいない。これ以上電波を出していたら、こちらの存在を敵に知らせるだけだからね。"マナ"、光学、音響、電磁の全パッシブセンサーをモニターせよ」


「了解! 全パッシブセンサーをモニターします!」


 涙をこらえて真奈美はコンソールに向き直る。


「"ウェンディ"!」


「は、はい!」


 TACネームで呼ばれた里奈は、慌てて背筋を延ばしレイを振り返るが、その顔は明らかに不安で強ばっていた。


「全対空システム迎撃準備。ただし指示あるまでレーダーはオフ」


「了解! レーダーはオフのままで全対空システム準備します!」


「"ルージュ"!」朱音に顔を向けながら、レイ。


「分かってる。OEDS(光学および電磁欺瞞システムOptical and Electro-magnetical Deception System)の展開ね」


 朱音が感情を押し殺した、落ち着いた声で応える。しかし、彼女のその表情にも隠し切れない不安がうかがえた。


「お願い」


「了解!」朱音はクルリときびすを返し、足早に管制室を去っていく。


 レイはゆっくりと椅子に腰を下ろし、背もたれに上半身を任せ、あたかも上空で戦っている 086を見上げるかのように天を仰ぐ。


「(お願い……無事に帰って来て……)」


 レイの呟きは、基地にいる全員の思いを代弁していた。


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